2021年11月2日火曜日

相手を思いやる気持ちが故に ~長岡弘樹『夏の終わりの時間割』(『救済 SAVE』講談社、2018年、のち改題して講談社文庫、2021年)~

こんばんは。南城 凛(みじょう りん)です。
今宵も凛のりんりんらいぶらり~にようこそお越しくださり、ありがとうございます。
どうぞごゆっくりとおくつろぎくださいませ。(^-^)

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

長らくの間、ご無沙汰いたしております。

前回からの更新がすっかり遅くなってしまいました。(>_<)
既に一ヵ月以上……。
10月の更新は全くゼロ状態です……。(T_T)
私的な所用があって、なかなかブログ更新にまでたどり着くことができずにいました。

凛の焦ることといったら……。 (-_-;)
この期間、とてもとても気になって落ち着きませんでした。
お休みしている間にりんりんらいぶらり~を訪れてくださったあなたには感謝の気持ちでいっぱいです!
ありがとうございました! m(_ _)m

あなたはいかがお過ごしですか。
11月!気がつけば季節は進み、紅葉の季節。
朝晩はすっかり冷えてきましたね~

凛も忙しいときこそ意識して体調管理に気をつけていきたいです。( ;∀;)
絶対風邪ひけませんから!!

さて、今回の作品は、長さは短くても中身は濃い人間ドラマが描かれている秀作ぞろいのミステリー短編集です。

長岡弘樹氏のミステリー短編小説集『夏の終わりの時間割』(講談社文庫、2021年)です。
この作品は、2018年に講談社から『救済 SAVE』という題で発刊されました。
のちに文庫化にあたり『夏の終わりの時間割』に改題して、2021年に発刊されました。

「夏の終わり」というくらいですから、凛は10月の更新時に掲載する予定でしたが、秋が深まってきた11月の掲載になってしまいました。
日本の移り変わる四季から季節感がずれてしまいました。
しかし、内容はあなたがいつでも読まれても構わない作品です。

はじめに、本の入手についてです。
凛が持っている本は文庫本の初版です。
いつもの近所の書店で出合いました。

文庫本の帯の表表紙側には、「「困難の今こそ、『救い』の物語を。」と紹介されています。(文庫本初版)
それから「サプライズと人間ドラマが溢れる」とも描いてあります。

文庫本の帯の裏表紙側には「読み始めたら止まらない」「極上ドラマ」として、6編の説明文が掲載されています。
例えば、表題の「夏の終わりの時間割」では、「放火容疑のかかった友人に小6男子が迫る」と出ています。(同)

また、裏表紙側の紹介文では、「ほろ苦くも優しく温かなミステリ集」と描かれてあります。(同)
犯人捜しだけではなく、奥に秘められた人間ドラマが堪能できそうな感じがしますね。
なかなか興味が出そうなミステリー6編です。

次に、本の装丁についてです。
樹木が鬱蒼と生い茂った森の入り口でしょうか。
正面に、黄色いフード付きのパーカを着ている少年が背中を見せて立っています。
両手をきちんと両足の太腿につけて、まるで「気をつけ」をしているかのようです。

少年の顔は読者にはわかりませんが、彼の視線は樹木の生えている暗い向こうを見つめているのでしょうか。
それとも樹木たちの上の青い空を見ているのかもしれません。
姿勢を正している彼の背中からは、何か事情がありそうですね。

文庫本の表紙のカバー装画は、宮坂 猛(みやさか たけし)氏です。
文庫本の表紙のカバーデザインは、大岡喜直(おおおか よしなお?、next door design)氏です。

では、内容に入ります。
文庫本初版3頁の「目次」を見ますと、全部で6編のミステリー小説が収録されています。
文庫本の最後の「解説」まで含めても218頁ですので、さほど厚くなく、あっという間に読破できるのではないでしょうか。

「三色の貌(かたち)」
「最期の晩餐(ばんさん)」
「ガラスの向こう側」
「空目虫(そらめむし}」
「焦げた食パン」
「夏の終わりの時間割」(同、目次3頁)

これらの6編の中で、凛は4番目の「空目虫」を取り上げてみます。
「空目(そらめ」」とは、見えていないものを見えているように思ったり、逆に見えているけれども見てみないふりをしたり、見誤ったりすることですが、この「空目」という言葉は重要なキーワードになっています。
「空目」に「虫」が付くと、果たして何を意味しているのでしょうか?

文庫本の帯の裏表紙側の紹介文では、「介護福祉士が認知症患者たちを笑顔にしようと奮闘する」(同)と掲載されています。

グループホームの介護福祉士である「高橋脩平(たかはし しゅうへい)」は、腰痛を持病とするほど仕事熱心で、入居者たちの様子をよく観察しています。
四十歳を目前にした脩平は、入居者である高齢の認知症患者たちをどのように改善していけばよいのかを常に考えています。

例えば、笑わない入居者にどうすれば笑顔が出るかなど。
脩平は丁寧に認知症患者と接しており、凛も「ああ、そうすればよいのか」「介護のプロからこんなに寄り添って見ていただくといいなあ」など、読みながら参考になりました。

施設長の「坂東阿佐美(ばんどう あさみ)」は脩平にカメムシが一匹入っているジャムの瓶を見せます。
彼女の発する言葉が意味深でなかなか怪しげです。
上司として、近すぎず、遠すぎずという距離感をもって部下の彼と接していることが伝わってきます。
脩平を褒めることも務めています。

施設長である彼女は、「高橋寿郎(たかはし としろう)」という70代後半の高齢者の男性についての業務を脩平に指示します。
脩平はこの男性についても丁寧に接します。
「高橋」という同じ姓で脩平は何かを感じつつ、この高齢者を笑わせようとしますが……。

全体に漂う輪郭がはっきりとしない灰色の空気感の中で、瓶のカメムシを登場させて、読者は最後に「ええーーっ!まさか!」という結末を迎えることになります……。
あとはあなたが読まれてからのお楽しみに。 (^-^)

短編ミステリーですので、どの作品もあっという間に読めます。
作品のタイトルだけでなく、本編の文章や登場人物の会話、アイテムなど、伏線が敷かれています。

読後に登場人物たちの関係性がよくわかり、まさに作者は彼らから「救い」を求められたのだということで、熟考されたドラマが提供されているものであると凛は考えます。

文庫本の「解説」は、文芸評論家の大矢博子(おおや ひろこ)氏です。
大矢氏、ミステリーのジャンル分けとして、「フーダニット(犯人探し)」と「ホワイダニット(動機探し)」があると説明されています。(同、215頁)
大矢氏が説かれたように、このミステリー集は後者の方であろうと凛も思いました。
詳細は「解説」を読まれてくださいね。

作者の長岡弘樹氏は、2003年、小説「真夏の車輪」で、第25回小説推理新人賞を受賞☆彡されました。

2008年、小説『傍聞き』(双葉社、2008年、のち双葉文庫、2011年)で、第61回日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞☆彡されました。

また、警察小説の『教場』(小学館、2013年、のち小学館文庫、2015年)は、2013年、「週刊文春ミステリーベスト10」の国内部門で第1位☆彡を獲得しました。
翌年、「このミステリーがすごい!」で第2位☆彡に、同年の第11回本屋大賞では第6位☆彡になりました。
「教場シリーズ」として続々刊行され、テレビドラマ化もされています。

長岡氏は他にもミステリー作品を多く刊行されており、短編ミステリーの名手としてご活躍されています。(^_^)v
今後も注目したい作家です。

最後に。
ミステリーというジャンルにとらわれずに、人間同士の関係性を問うたドラマが展開されている短編集です。
どの作品も読後には登場人物の気持ちが伝わり、胸が迫ってくるものがあります。
再度最初の頁に戻りたくなります。
作者の彼らに対する優しいまなざしが込められているのがわかります。 (^o^)

また、読後に伏線を確認することも楽しみのひとつです。
再読すると、「あ、ここがそうか!」「なるほど、そうだったのか!」と新たな発見がありました。
このような作者との対峙も読者の愉楽となりましょう。 (^○^)
短編ですから、気軽に繰り返し読めますよ~

今夜もあなたにおすすめの一冊でした。(^-^)

************
************

2021年9月21日火曜日

行間にこめられた思いを読む ~山崎ナオコーラ『美しい距離』(文藝春秋、2016年、のち文春文庫、2020年)~

こんばんは。南城 凛(みじょう りん)です。
今宵も凛のりんりんらいぶらり~にようこそお越しくださりまして、ありがとうございます。
どうぞごゆっくりとおくつろぎくださいませ。(^-^)

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

過ごしやすくなってきた秋の季節、あなたはいかがお過ごしですか。
夕暮れもすっかり早くなりましたねえ。
おうち時間が増えた秋の夜長、眠る前のひとときは最高のくつろぎタイムですね!(^○^)

体調を整えて、免疫力をつけたいというのは誰しも考えるでしょう。
しかし、いくら健康に気をつけてはいても病にふせることはあります。
好きで病になる方はいませんものね。

日本人の二人に一人ががんになると言われています。
あなたのご家族、特に配偶者ががんに侵されていて、しかも末期がんであったとしたら、あなたはどのように受け止め、対応するでしょうか。

今回の本は、山崎ナオコーラ(やまざき なおこーら)氏の小説『美しい距離』(文藝春秋、2016年、のち文春文庫、2020年)です。

40代の妻が末期がんで入院しているため、働き盛りの夫は生命保険会社の仕事をしながら病院に通い詰めて妻を看護しています。
静かに流れる二人の時間の中で、夫の視点から彼の葛藤や心の機微を見事に描き切っている小説です。

しかも、行間に熱い思いがこめられています。
それは夫の言葉だけでなく、妻の言葉でもあります。
この小説の主人公は、末期がんの妻を看護する夫になります。

あなたがお読みになる前に、凛からご注意していただきたいことが2点あります。(-_-)

1点目は、今回の小説はずばり内容が重いです。
「末期がん」がキーワードになり、「介護」がテーマの物語と同様、あなたのご家族にご病気の方がいらっしゃったり、或いはあなたご自身がご入院されていらっしゃる場合などはかなり重いかもしれません。

2点目は、新型コロナ以前の小説であることです。
初出は、文芸誌『文學界』2016年3月号ですので、それ以前に描かれた作品です。
コロナ禍の現在は入院されているご家族の面会などはできない場合も多いでしょう。
ご家族でなくても、親戚・知人・友人など病室にお見舞いに行けていた頃とは一線を画していることを考慮して読んでいただければと思います。

まずは、本の入手についてです。
凛が持っている本は文庫本の初版です。
昨年、街の中心の地元の書店で購入して「いつか必ず読む本」として出番を待っていた本です。(^-^;

帯の表表紙側には、「芥川賞候補作」「島清恋愛文学賞受賞作」と描かれています。
帯からの情報で、しっとりとした夫婦の時間が流れている作品であることがわかりますね。

本の裏表紙の紹介文では、「がん患者が最期まで社会人でいられるのかを問う、新しい病院小説。」(文庫版、初版)と描かれています。
「病院小説」という表現は、医者と患者と家族の物語なのでしょうか。

次に、本の装丁についてです。
凛の文庫本初版の表紙は、黄色い菜の花が大きく描かれています。
「菜の花」のデザインは作品の中で重要な位置を占めています。

文庫本の表紙のイラストは、中上あゆみ(なかうえ あゆみ)氏です。
文庫本の表紙のデザインは、大久保明子(おおくぼ あきこ)氏です。

では、内容に入ります。
文庫本で195頁、巻末の解説まで含めても205頁とさほど厚くはありません。
しかも文庫版では文字が大きめで読みやすいです。
しかし、行間を読むと倍の厚さくらいになるのではというのが凛の印象です。

物語は、夫がカフェで食事を済ませ、バスに揺られて妻が入院している病院に向かうところから始まっています。
季節は春。
穏やかな陽気の中、カフェでのんびり過ごしたいところですが、時間は容赦せず病院行きのバスが待っています。

夫は生命保険会社に勤務しながら、妻の看護のため週に数回、妻の病室を訪れます。
初めは輪郭がぼやけていますが、読んでいるうちに読者にはこの夫婦がおかれている現実がだんだんと見えてきます。

時間軸は常に夫の視点にあり、妻と出逢った頃に戻ったと思えば、また妻がいる病室に戻ったりします。
働き盛りの夫の会社での仕事のやりくりや、労働条件である制度を利用しての病院通いなど、身につまされる読者もいらっしゃることでしょう。

妻は夫の上司の娘さんです。
夫からみると義母にあたる「妻の母」(文庫版初版、39頁他)と交代で病室を訪れています。
夫の義父にあたる妻の父親のことを、夫は常に「元上司」(同、15頁他)と表現しているところなど、夫の微妙な感情であると推測できます。

「来たよ」
「来たか」(同、17頁他)

夫が病室を訪れたときのたったこれだけの会話の中には、二人だけにしかわからないどれだけの思いがぎゅうっと詰まっているのでしょう。
それを思うと、凛は胸が締め付けられてなりません。
この夫婦には子供はいません。
病室では二人だけの時間が静かにゆっくりと流れてゆきます。

妻は結婚後にサンドウィッチ屋さんの経営を始めたことがわかってきます。
そして妻の仕事関係の方たちが各々病室を訪れます。
病室で彼らとの交流を目にして、妻には社会とのつながりが必要なことを夫は悟ります。
時には夫は見舞客にやきもちをやくこともありますが、もちろん彼の心の中での波です。

それから「妻の母」との接点から、妻は娘であることも悟ります。
夫は妻や義母にも理解を示します。

しかし、夫の本音がちらりと表れている箇所がいくつかあります。
そこで行間が活きてくるのです。
常にジレンマに陥っている夫の苦悩と妻への思いが交錯しているのです。

夫の意見が最も強く描かれている場面は主治医との会話でしょう。(*_*)
余命宣告、延命治療など……。
医療従事者である主治医と、「対話」(同、131頁)を望む患者の家族である夫の立ち位置のずれが大きく、夫の葛藤は続きます。
これは、文庫本の「著者紹介」のところで、「2014年に父親をがんで亡くし、(省略)」(同)とあることから、作者の体験からきていると考えることができます。

文庫版の157頁からか、或いは158頁からは、妻との関係が別の次元に移動します。(T_T)
ここで凛が案内する「曖昧な頁の境目」については、体験された作者ならではの時間軸の捉え方によるものであると考えます。
夫は妻の容体が急変する場面に遭遇します。
夫には予期することのなかった、あまりにも突然の出来事なのです。
作者は、愛する人の最期を迎えた方だけにしかわからない「その場面」を適格に捉えています。

しかし、小説はここで終わりません。
それは妻との関係が終わっていないことを意味しています。

「その後」の淡々と流れてゆく時間。
まるでベルトコンベアーに乗ったような色彩のない感覚。
これは多くの方が体験されていることと思います。

夫は旅立った妻との関係をどのように捉えて過ごすのでしょうか。
後はあなたの読書体験にお任せいたしましょう。

文庫版解説は、書評家の豊崎由美(とよざき ゆみ)氏です。
「解説 固有の物語を丁寧に紡ぐ小説」(同、198頁~205頁)というタイトルです。
病と死、仕事、人との距離について、書評家として長くご活躍されている豊崎氏の文章はとても心温まります。(^-^)

作者の山崎ナオコーラ氏は、2004年、小説『人のセックスを笑うな』(河出書房新社、2004年、のち河出文庫、2006年)で第41回文藝賞を受賞☆彡されました。(^_^)v
同作品で、第132回芥川賞候補となっています。
この作品は、2008年、井口奈巳(いぐち なみ)監督、松山ケンイチ(まつやま けんいち)さん、永作博美(ながさく ひろみ)さん主演で映画化されています。

山崎氏は、多くの作品をご執筆されており、これまで5回の芥川賞の候補となっています。

今回ご紹介した『美しい距離』は、2016年、第155回芥川賞の候補作となっています。
さらに2017年、第23回島清恋愛文学賞を受賞☆彡されています。(^_^)v

今後も山崎ナオコーラ氏のご活躍を期待したいですね!(^o^)

最後に。
末期がんである妻との時間を大切に守りながら、彼女を巡る社会を尊重している夫の心理的葛藤は、妻の死後にどのように変化していくのでしょうか。
タイトルの「美しい距離」に込められた作者の思いを、行間で読み取れる秀逸な文学作品です。
最後の一文に至るまで読者は目が離せません。

今夜も凛からあなたにおすすめの一冊でした。(^-^)

************
************

2021年9月7日火曜日

好きなものの羅列で読書好きにはたまりません! ~柳瀬みちる『神保町・喫茶ソウセキ 文豪カレーの謎解きレシピ』(宝島社文庫、2021年)~

こんばんは。南城 凛(みじょう りん)です。
今宵も凛のりんりんらいぶらり~にようこそお越しくださり、ありがとうございます。
どうぞごゆっくりとおくつろぎくださいませ。(^-^)

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

秋になりましたね~
これから毎日秋が深まってゆきます。
あなたはどのような秋をお過ごしされますか。
夏の疲れが出やすい時期ですね。
凛は読書の秋はもちろんのこと、食事や運動に気をつけて、さらに免疫力をつけたいところです。

凛は書店巡りが好きで、書店にいるとつい時間が経つのを忘れてしまいがちです。
毎日たくさんの新刊本が出ている中、書店員さんのお仕事は大変なんだろうなあと思いながら、店頭に並べられている本の乱れをそっと直してほんの少しだけお手伝いした気分でいます。

書店の街といえば、東京の神田神保町ですよね。
地方在住の凛は東京に出向いたときは必ず神保町を訪れます。
どうしてこんなに書店が必要なのかしらと思うくらいに様々な書店がありますよね。

神保町で可能な限り時間をかけて書店を見て廻り、お気に入りの本を購入した後は、喫茶店でブレイクタイム。
購入した本を開いて、カレーやパスタ、食後のコーヒーとデザートをいただく至福のひとときは最高です!\(^o^)/

今はコロナ禍でもあるため、凛は行けてません……。
また訪れたいな~といつも思っています。

そんな中、先日、三省堂書店が神田神保町にある本社ビルの建て替えのため、来年の3月で現在の営業を終了するというニュースが流れました。
(三省堂書店のHPより)

ひゃあ、これは大変だあ! ((+_+))
しばらくの期間、失われてゆく寂しさと新しいビルへの期待感とが交錯しそうですね。
三省堂書店の本社の神田神保町一丁目1番という住所には重みを感じます。

今回の本は、柳瀬みちる氏の小説『神保町・喫茶ソウセキ 文豪カレーの謎解きレシピ』(宝島社文庫、2021年)です。
タイトルでズバリわかると思いますが、本好きとカレー好きにはたまらない世界で、さらにミステリーのエッセンスが込められています。
この作品は書き下ろしですので、単行本はありません。

本好きが集まる神田神保町にて、喫茶店を営業し、文豪の名前をつけたカレーをお客様に提供している女性が奮闘する小説です。
カレーが大好きな作家が登場し、彼女と共に文豪の古書をめぐり謎解きを始めることになります。
さらに、二人の謎解きは彼女の出自にまつわるところまで発展します。

まずは、本の入手についてです。
今回は全国大手新聞の広告から偶然にこの本を知りました。
新聞の片隅に載っている小さな広告でしたが、偶然凛の目に留まり、「わあ!面白そう!すぐに読みた~い!」と凛のアンテナがピピピと反応しました。
本当に偶然としか言いようがなく、これもひとつのご縁といえましょう。
凛は新聞広告の切り抜きを持って街の書店に出向き、この文庫本を購入しました。

次に、本の装丁についてです。
凛が持っている文庫本初版の帯の表表紙側には、印度カリー子(いんど かりーこ)さんの笑顔の画像と「新感覚!カレー×ミステリーの共鳴」というメッセージが掲載されています。

帯の裏表紙側には、「喫茶ソウセキのカレーメニュー」として、「漱石カレー」「百閒カレー」「思ひ出カレー」の説明されています。
時代がかっているカレーが美味しそう!
「文豪カレー」にワクワクしてきますね~ (^○^)

表紙には、喫茶ソウセキの店主こと緒川千晴(おがわ ちはる)がカウンターの向こうでカレーを温めている様子と、イケメン作家の葉山トモキ(はやま ともき)がテーブル席で古書らしき本を読んでいる姿が描かれています。
もちろん彼が座っているテーブルには美味しそうなカレーが置かれています。
千晴は、真剣に本を読んでいる葉山を優しそうなまなざしで見つめています。
この二人の距離感がいいですね~

表紙のカバーイラストは、前田ミック(まえだ みっく)氏です。
カバー・本文デザインは、菊池 祐(きくち ゆう?)氏です。

では、内容に入ります。
目次を見ますと、四つの話とエピローグがあります。(以下、文庫本初版3頁)
第1話は、「三四郎はライスカレーの夢を見る」
第2話は、「冥途に咲くや、鬱金の花」
第3話は、「銀の皿に仰臥漫録」
第4話は、「神の灯が照らす石油カレー」
最後に、「エピローグ」となっています。

目次を見るだけで、カレーと文豪がつながっている感じがしますね。
はて、「石油カレー」とはどんなカレーなのでしょう?
まさか石油を食べるのではないでしょうね?

イラストを見る限り、緒川千晴が経営する喫茶ソウセキは、カレーなどをいただきながら読書ができるくつろぎのある印象がします。
しかし、千晴が出店した店は閑古鳥が鳴く有り様で、現実は厳しいところから物語は始まります。
確かに神田神保町は書店だけでなく、カフェや食事のお店の競争が激しい街だと考えられるので、27歳で出店した千晴は相当な努力家であることが想定できます。

読者は、千晴の成長とともに、古書や文豪、カレーの知識を得ることができます。
つまり、千晴の成長物語に読者は寄り添って読み進むことができるのです。

喫茶ソウセキには毎日カレーをいただきに訪れる男性、小説家の葉山トモキの存在が大きいです。
彼が店の看板メニューの「漱石カレー」を酷評したことから、千晴の文豪の旅が始まります。

作品には、夏目漱石だけでなく、内田百閒などの文豪の作品が多く出てきます。
千晴は葉山トモキの自宅を訪問して、彼の夥しい蔵書や無類の本の知識に驚きます。
読者は文豪の作品を再読したくなります。

さらに或る女性が千晴の店に置き忘れた古書を紐解く楽しみが芽生えます。
この古書は作品の重要なアイテムになりますが、あなたが読まれてからのお楽しみに。

また、千晴のカレーの新作メニュー開発に基づき、スパイスなどの知識も読者は知ることができます。
読みながら、スパイスの香りがし、カレーが無性に食べたくなります!!
凛の頭の中は、「ああ、カレーが食べたい!!」でいっぱいになりました!!(^○^)」を発見できるかどうかは、あなたが読まれてからのお楽しみに!

作者の柳瀬みちる氏は、2015年、小説「美大探偵(仮)─《カジヤ部》部長の小推理─」第1回角川文庫キャラクター小説大賞を受賞☆彡されました。
この作品は、改題して『樫乃木美大の奇妙な住人 長原あざみ、最初の事件』(角川文庫、2016年)で刊行され、作家デビューされました。

シリーズ化されて、小説『樫乃木美大の奇妙な住人 白の名画は家出する』(角川文庫、2017年)があります。

他には小説『横浜元町 コレクターズ・カフェ』(角川文庫、2017年)など活躍されています。

最後に、この小説は、文豪とカレー、古書、神田神保町、小説家の五点セットで読者を大いに楽しませてくれる作品です。
読書好きにはたまらない作品です!! \(^o^)/

文学好きなあなた、文豪の作品がたくさん出てきますよ~
また、カレー好きなあなた、スパイスの勉強ができますよ~
古書がお好きなあなた、東京都千代田区の神田神保町という日本最大の書店の街で繰り広げられる謎解きを大いに楽しみましょう!
小説家に興味があるあなた、作家である葉山の暮らしぶりを覗いてどのように感じるでしょうか。

戦争の時代を生きた祖父母からの繋がり、千晴を育てた両親の時代、そして現代を生きる千晴の世界を応援したくなる作品です。
小説家の葉山との関係や、千晴の喫茶ソウセキの今後がとても気になり、続編を期待したいです。
喫茶ソウセキはカレーの専門店ではないらしいので、他のメニューも紹介していただきたいですね。 (^o^)

今夜も凛からあなたにおすすめの一冊でした。(^-^)

************
************

2021年8月24日火曜日

「好き」の向こうに見えるものは、、 ~窪 美澄『じっと手を見る』(幻冬舎、2018年、のち幻冬舎文庫、2020年)~

こんばんは。南城 凛(みじょう りん)です。
今宵も凛のりんりんらいぶらり~にようこそお越しくださりましてありがとうございます。
どうぞごゆっくりとおくつろぎくださいませ。(^-^)

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

本日から東京2020パラリンピック競技大会が始まりました。
各国からの参加選手の皆さま、ファイトです!!\(^o^)/

今夏は猛暑だと思っていましたが、8月は全国的な大雨にみまわれてしまいました。
あなたの周辺では大雨の被害などはありませんでしたか。
気がつけばもうすぐ夏も終わりますねえ。

天候不順のため、最近は夏野菜が高くなっています。
こういうときは冷凍食品の野菜が活躍しそうですよ。
お料理も工夫していきたいですね。 (^o^)

そういえば、今年から郵便局の「かもめ~る」の販売がなくなりましたね。
凛は昨年まで「かもめ~る」で数名の知人や友人たちと夏のご挨拶のやりとりをしていましたが、今年はご無沙汰することにしました。
コロナ禍で今夏も花火大会や地域のお祭りやイベントも減って寂しくなる一方、日常が淡々と過ぎてゆくことに慣れっこになっているのも事実です。

あなたは夏の休暇はいかがお過ごしされましたか。
帰省を避けた方もいらっしゃったのではないでしょうか。
普段から顔を合わせることも少ないが故に、会いたい人たちの顔が思い浮かびませんか。
「会いたいのはやまやまだけど。どうしているだろうか。本当に元気なのだろうか」と思いを馳せながら……。

都会と地方、この境界を越えてしまうことについて、仕事を絡めた恋愛模様を細かい心理描写で描いた小説があります。
今回の本は、窪 美澄(くぼ みすみ)氏の小説『じっと手を見る』(幻冬舎、2018年、のち幻冬舎文庫、2020年)です。

まずは、本の入手についてです。
凛が持っているのは文庫本で、2020年4月10日付けの初版本です。

時々訪れる隣町の全国大手の書店で昨年購入しました。
この書店は芸術関係や旅行などの本が比較的多く、雑貨なども豊富に揃っていてとてもお洒落な雰囲気です。
新刊本の平台の端っこにひっそりと並べられていた文庫本ですが、タイトルに惹かれて購入しました。
凛の書棚で一年間出番を待っていた本です。
出番は案外早いほうかも……。(-_-;)

次に、本の装丁についてです。
凛が持っている文庫本初版の帯には「幻冬舎文庫の春まつり」が印刷されています。

帯には、EXILE/FANTASTICS from EXILE TRIBEの佐藤大樹(さとう だいき)さんの顔写真が掲載されています!(^o^)
一年経ていますので、現在は異なる帯が付いていることでしょう。

帯の表表紙側には、作家の朝井リョウ(あさい りょう)氏が「見知ったハッピーエンドとは違う人生だって、きっと、愛することができる。(省略)」(初版)と。
文庫本の裏表紙側の説明文には、「富士山を望む町で暮らす介護士の(省略)」「ショッピングモールだけが息抜き(省略)」(同)と書いてあります。
恋人たちを引き寄せてしまうショッピングモール。
ショッピングモールは凛も時々利用しますが、あなたもお買い物されますか。
「自分の弱さ、人生の苦さ、すべてが愛しくなる傑作小説。」(同)と紹介されています。

表紙の「じっと手を見る」の文字の下には、若い女性、或いは少女かもしれませんが、両膝を合わせて、左腕を寄せているような姿勢、恐らく座っている写真が掲載されています。
その両膝の間にはレンズがあり、かぼすのような柑橘系の果物を手で絞って画像が写っています。
切なさを求めたい方には期待できそうです。

文庫本表紙のカバーデザインは、アルビレオで、装丁事務所のようです。
カバーフォトは、Zigian Liuさんで、写真家です。

では、内容に入ります。
目次を見ますと、7篇の短編が収録されていますが、連作でひとつの物語になっています。(文庫本初版、5頁)

「そのなかにある、みずうみ」
「森のゼラチン」
「水曜の夜のサバラン」
「暗れ惑う虹彩」
「柘榴のメルクマール」
「じっと手を見る」
「よるべのみず」

車で運転して東京まで片道4時間くらいの富士山が望める町に住み、介護士をしている日奈(ひな)と海斗(かいと)は恋人でしたが、東京のデザイナーの宮澤(みやざわ)が二人の前に現れます。
宮澤に漂う「東京」との距離感を日奈は憧れをもって縮めようとします。

他方、海斗は職場の後輩である畑中(はたなか)と付き合うようになります。
彼女にも複雑な事情を抱えています。

そこから始まる登場人物たちの関係のもつれと複雑な心情に、作者はそっと寄り添いながらも、次第に深く切り込んでいきます。
どこまでも深く、抜け出すことができない底なし沼のように、容赦なく……。
彼女らや彼らの家庭環境から抉り出し、ほどけないまでに交錯して、時には苦しいことも思い切り吐き出させます。
「ええーっ、ここまで書いていいの?」と。

ところが読者はそれらの暗部にしっかりついていけるのです。
それらは決して暴走ではありません。
作者の登場人物たちへの優しいまなざしがあるからで、読者が納得できる形に収まるようになっているのは窪 美澄氏の技量であると凛は思います。

凛はこれらの連作短編について、五つの特徴を考えました。

一つ目は、短編の一つ一つのタイトルがとても凝っていて印象的な点です。
それぞれの物語には、タイトルにつながる箇所が出ていますので、それを見つけながら読むのも楽しいですね。

二つ目は、それぞれの短編の主人公が異なる点です。
最初の主人公は日奈から始まり、彼女の視点で描かれています。
次は、海斗の視点で描かれていて、同じ事象についても日奈とは異なる心理を読者は体験できます。
その次は、畑中が主人公になります。

という風に、各短編で主人公が異なるため、視点にずれが生じます。
では、タイトルの「じっと手を見る」のは、一体誰が誰の手を見るのでしょうか。
これはあなたが読まれてからのお楽しみに。

三つ目は、介護士という職業について詳細に描かれている点です。
介護士が日頃どのような気持ちで仕事に臨んでいるのかなどがわかります。
また、介護福祉士など資格取得についてもふれています。
それから、利用者側の家庭問題なども抉られています。

四つ目は、地方のショッピングモールの位置付けについて考えさせられる点です。
地方においてショッピングモールはその町の核となる重要な所でしょう。
そこに来れば食料品の他、日用の品々が何でも揃います。
さらに都会との接点を求める人たちのために、ブランドショップがキラキラと輝いています。
その輝きをもって恋人たちを引きつけていますが、会いたくない人まで視界に入る危険な場所でもあります。

五つ目は、富士山です。
この作品は毎日富士山を見ながら暮らしている方々の心情と、日帰りができる東京との距離感が絶妙に綴られています。
富士山を筆頭に持って行かないというのは、凛が富士山のお膝元に住んでいないからです。
富士山を見ると、凛は「わあ、富士山だあー。すごく高いなあ。美しいなあ」と思い、特別感がありますねえ。

以上、五つの特徴をあげました。

文庫版の解説は、直木賞作家の朝井リョウ氏です。
窪 美澄氏とは同年デビュー作家だということを初めて知りました。
解説を読んで、作家は同業者として意識するのだなあと思いました。(^-^)

作者の窪 美澄氏は、多くの作品を受賞されています。
2009年、小説「ミクマリ」(新潮社、2011年、電子書籍版)で、第8回R-18文学賞を受賞☆彡、作家デビューされました。

2011年、小説『ふがいない僕は空を見た』(新潮社、2010年、のち新潮文庫、2012年)で、第24回山本周五郎賞を受賞☆彡されました。
尚、この本に「ミクマリ」も収録されています。
この作品は映画化されており、2012年、タナダユキ監督、永山絢斗(ながやま けんと)さん、田畑智子(たばた ともこ)さん主演で、第37回トロント国際映画祭に出品☆彡されました。

尚、今回の小説『じっと手を見る』は、第159回直木賞候補作となっています。

他にも多くの受賞歴があり、大変ご活躍の作家ですが、とても長くなりますので省略させていただきます。(^-^;

最後に。
この作品は読後に切なさがこみあげてくる恋愛小説であり、介護に携わる方たちのお仕事小説でもあると凛は考えます。
人を好きになることと、仕事をして暮らしていくことの狭間で、「時間」という現実が目の前にたちはだかります。
それを超越したところにある「好き」の感情。
ただひたすらに切ないのです……。

是非映画化して欲しいなと思いますねえ。
俳優さんたちの顔を思いうかべながら読みました。

介護士たち、恋愛、青春、家庭環境、家、富士山と東京、ショッピングモール、結婚と離婚、子育て、老人、利用者たち、引きこもりなど、多くの「今」を生きている人たちの生の声が聞こえてくるような読書体験ができますよ。

タイトルの『じっと手を見る』が読後、あなたにはどのように伝わるでしょうか。
凛は思わず自分の両掌を見てしまいました。(^○^)

今夜も凛からあなたにおすすめの一冊でした。(^-^)

************
************


 

2021年8月10日火曜日

みんな、悩んでる ~群 ようこ『ついに、来た?』(幻冬舎、2017年、のち幻冬舎文庫、2020年)~

こんばんは。南城 凛(みじょう りん)です。
今宵も凛のりんりんらいぶらり~にようこそお越しくださり、ありがとうございます。
凛と共にどうぞごゆっくりとおくつろぎくださいませ。(^-^)

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

残暑お見舞いもうしあげます。

東京2020オリンピック競技大会が閉幕しました。
日本では今夏の祝日が変更になり、夏季休暇も各職場やご家庭により分散されているようです。
地域により旧暦や新暦の関係でお盆のとりかたも異なりますね。
いずれにしても今の時期は、ご家族とのつながりがいつもより濃くなる方が多いのではないでしょうか。

あなたはこの夏、ご家族やご親戚とどのようにお過ごしになられますか。
コロナ禍で今年も家族集って直接会うことはないという方もいらっしゃるでしょう。
昨年は会えなかったけれど、今年は顔見せはしたいという方もいらっしゃるでしょう。
それぞれの思いが交錯する夏。(^-^)
暦の上では既に立秋ですが、現実は最も暑い時期に、あなたのハートに熱いものがあるのでは。(^-^)

ご家族、特に親の老いについては避けられませんよね。
何故なら、人は時の流れに抗えることはできないからです。
父も母もいつまでも元気!と安心しきっていると、ある日突然、「えーーっ!まさか、何故?」ということに……。
それは誰しもわかってはいても、今はまだ考えたくない、と先送りにしてしまいがちですよね。

もしあなたのお父さんやお母さんに痴呆症が表れたとしたら、あなたはどう対処されますか。
今回の本は、親の突然の脳の老化現象に驚き、あたふたしている子世代の話です。
群 ようこ(むれ ようこ)氏の短編小説集『ついに、来た?』(幻冬舎、2017年、のち幻冬舎文庫、2020年)です。

この本に関して凛がおすすめします読者は、現在、老親の介護などで向き合っていらっしゃる方ではなく、充分にお元気な親御さんの子世代である方ですね。
今現在、老親のことで介護され、悩んでいらっしゃる方には、「そんなはずないだろう」とか「そんなに簡単ではないよ」など、この作品に反発力が出てくるかもしれないと思ったからです。

この短編小説集では、老親の痴呆の症状の出方に種類はあるものの、全体に軽くてまだ初期症状の頃の話です。
それにはもしかしたら、深刻な状態は避けたいという作者の思いがあるのかもしれません。
あなたにまだご家族の悩みがない時期に、「そういうこともあるのね」と老親の変化や対処の仕方などについての情報として、ある程度の距離感を保ちながら読まれることを凛はおすすめしたいです。
或いは「昔は親のことで随分悩んだものだったね」と過ぎ去った時をふと思い出す方もいらっしゃるかもしれません。

読者にとって作品とふれあう機会は各人で異なりますので、あなたの意志にお任せいたしたいと思います。
この本は、痴呆症の老親を抱える読者に対して解決を導くものではありません。
世の中にはいろいろな家族があり、実に様々な考え方があって、その断片が描かれている短編小説です。
「このケースの場合、あなたならどう対処しますか?」という問題提起の小説である、と凛は捉えました。
前置きが大変長くなりましたね。

まずは、本の入手についてです。
昨年、街の中心部の書店にて購入しました。
「凛さ~ん、早く読んでくださ~い!」と出番を待っている本たちの一冊でした。(^-^;

次に、本の装丁です。
凛が持っている文庫本は、2020年2月10日付けの初版本です。
幻冬舎文庫「女性作家フェア」の帯が付いています。
今は異なる帯が付いているかもしれませんねえ。

文庫本の帯の表表紙側には、「覚悟はしていた、つもりだけど。」(初版)と書いてあります。
確かに、それはある日突然、起きることなのでしょうね。
親の言動や態度に、これまでの常識とは異なる、大変に驚くことが起きてしまうんですよね。
前兆があるのかもしれませんが、家族が気づいたときに驚き、自らに言い聞かせて納得しなければならないことがあるんですよね。
悲しいかな、それが「現実」ということでしょう。

表表紙にはお母さんの態度を見ながら、頬に右手をあてて、食卓テーブルに右の肘をついている娘さんらしき女性がいます。
お母さんの頭の周りには音符が3個踊っているので、彼女はきっと上機嫌なのでしょう。
お母さんは目を閉じて微笑んでいるので、別の世界を楽しんでいらっしゃるのかな。
娘さんは怪訝な表情をして、お母さんを眺めています。

食卓テーブルには、籠に盛られた蜜柑と、二人の湯飲み茶わんが置かれています。
如何にも家庭的な団欒の場所である食卓テーブルですが、二人の表情は対比的ですねえ。

カバーのデザインは、芥 陽子(あくた ようこ)氏です。
カバーのイラストは、牛久保雅美(うしくぼ まさみ)氏です。

では、内容に入りましょう。
目次には、8篇のタイトルが紹介されています。(文庫本初版、4~5頁)
「母、出戻る?」
「義父、探す?」
「母、歌う?」
「長兄、威張る?」
「母、危うし?」
「伯母たち、仲よく?」
「母、見える?」
「父、行きつ戻りつ?」
全てのタイトルの最後に「?」マークが付いていますね!
目次の下に描かれているお父さんやお母さんたちのイラストが実に愛らしいです。

実に様々な高齢の親たちや親戚が登場します。
おかれた環境も家族の在り方も異なります。

男と出奔した母親が老いて独りで家に戻ってきた場合。
同居の義父に異常が出ても全く関与しない夫に悩む妻。
夫の両親との軋轢と、実母の痴呆症との間で葛藤する妻。
五人兄弟の長兄夫婦と弟たち夫婦との間の、母親の介護に対する意見の相違。
資産家の母親の危険な現在。
伯母たちと母親と娘の関係性は。
一人娘の婚姻後の行き着く先は。
母亡き後の父親と娘たちの現状と将来。

先にも書きましたが、いずれも老親が必ず登場してきます。
どこのご家庭にも悩みはつきものですよね。
どの登場人物の描き方にも、読者が安心して向き合える筆力が群ようこ氏に備わっているのがわかります。

読者は主人公たちの出した結論には必ずしも納得されるとは限らないのではと思います。
一人一人の考え方は異なって当然ですから。
これらのケースに対して、あなたはどのように考えますか。
また、この文庫本(初版)には、解説はありません。

作者の群 ようこ氏は、本の雑誌社に在社中に、エッセイ『午前零時の玄米パン』(本の雑誌社、1984年、のち角川文庫、2003年)で作家デビューされました。
以来、多くのエッセイや小説が出版されていますので、女性ファンが多いのではないでしょうか。

小説『かもめ食堂』(幻冬舎、2006年、のち幻冬舎文庫、2008年)は、同名の映画で大ヒットしましたね!\(^o^)/
2006年公開、荻上直子(おぎがみ なおこ)監督・脚本で、小林聡美(こばやし さとみ)さん・片桐はいり(かたぎり はいり)さん・もたいまさこさんの主演で、フィンランドのヘルシンキで日本食のレストランを営む物語です。

最後に。
親が年老いていくのは理解できても、実際に「まさか!そうなの?うちの親が?」と認めたくない葛藤が子世代にはあります。
今後、痴呆症の解明が進んでいけば違った未来が開けるでしょう。
しかし、現代は薬や手術で簡単に治せるものではありません。

「現実」として親の老化を認めて、それを「受け入れる」覚悟を持たねばならないという自分との闘いではないでしょうか。
そして、それはみんなの悩みです。
今は老親に関しての悩みのないあなたも、この小説で体験されてはいかがでしょうか。
悩みのない今のうちに。

今夜も凛からあなたへおすすめの一冊でした。(^-^)

************
************

2021年7月27日火曜日

ドローンと名探偵が大活躍します ~早坂 吝『ドローン探偵と世界の終わりの館』(文藝春秋、2017年、のち文春文庫、2020年)~

こんばんは。南城 凛(みじょう りん)です。
今宵も凛のりんりんらいぶらり~にようこそお越しくださりまして、ありがとうございます。
どうぞごゆっくりとおくつろぎくださいませ。(^-^)

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

東京2020オリンピック競技大会が始まりましたね。
7月23日夜の開会式では1800機以上ものドローンが夜空を舞い、大変話題になりましたね~
あなたはその場面をTVなどでご覧になられましたか。
ドローンたちはキラキラと輝いていてとても綺麗でした!\(^o^)/

凛はちょうどドローンが活躍するミステリー小説を読み終えたばかりでしたので、これは奇遇だなととても驚きました。(^o^)
早速その小説をご紹介いたしましょう。

今回の本は、早坂 吝(はやさか やぶさか)氏のミステリー小説『ドローン探偵と世界の終わりの館』(文藝春秋、2017年、のち文春文庫、2020年)です。
大学の探検部の部員たちが訪れた廃墟で、迷宮ともいえる中で起こる殺人事件に、探偵がドローンを駆使して犯人に挑むミステリー小説です。

まずは、本の入手についてです。
凛が持っている本は、2020年7月10日付の文庫版の初版です。
この文庫本は、ちょうど一年前の夏、いつもの近所の書店の文庫本新刊コーナーで見つけて購入しました。
書店で手にして「ドローンと探偵」、ミステリー小説は数あれど、最新の技術のドローンを用いた小説を凛はこれまで読んだことがなかったので珍しいなと思ったものです。

この文庫本も出番を待っている本たちの仲間でした。
一年待たせてしまいました。
でも、まだ早いほうで、何年も待ち続けている本たちがいっぱいです……。(^-^;

次に、本の装丁です。
文庫本の表紙に描かれているアイドルっぽい若い男性の横顔がとってもキュートです。
主人公の飛鷹六騎(ひだか ろっき)でしょう。
彼を空から見守っているように見えるドローンがいます。

イラストは、焦茶(こげちゃ)氏です。
昨年、25歳の若さで亡くなられています。
デザインは、山本翠(やまもと みどり)氏です。

凛が持っている文庫本初版では、帯の表表紙側に「ドローン×名探偵」と書かれています。

同じく文庫本の帯の裏表紙側には著者の早坂 吝氏の読者へのメッセージが書かれています。
「今回諸君らに取り組んでいただくのは、そのトリックが何かを当てるということである。」(帯の裏表紙側)
その文章の次の行に、「騙されたくなければ、あなたも飛ぶしかない。」と。(同上)
早坂氏からの挑戦的な言葉に、それならば、飛んでやろうじゃありませんか!と思った凛でした。(^o^)

それでは内容に入ります。
文庫本の目次より、本作品は第5章で構成されていることがわかります。

目次の次の頁には、「ヴァルハラ周辺図」(文庫版4~5頁)が掲載されています。
2頁の見開きにわたる図には、事件の舞台である廃墟の館の内部と周辺が表されています。

次の頁では、「主な登場人物」(同6頁)が紹介されています。
東京都立北神(ほくしん)大学の探検部員として7名。
最初に紹介されている主人公のドローン探偵こと飛鷹六騎のところに《黒羽(くろばね)を継ぐ者》(同6頁)と書いてあります。
彼は北神大学の学生ではありませんが、迷宮の館を探検する探検部の一員として仲間になります。

他の部員が六名紹介されていますが、どの部員も名前に凝っています。
例えば、兵務足彦(へいむ たるひこ)は、二年生で副部長、ヴァルハラの館がある三豆ヶ村(みずがむら)の出身です。

部員の他には、三名の男性の名前が出ています。
この人たちも名前と職業が少々凝っていますよ。
御出院(おでいん)氏はヴァルハラを建てた資産家で、残りの二人は内閣官房長官と俳優です。

本編に入っていきなり、著者の早坂氏から「読者への挑戦状」が文庫版2頁にわたり掲載されています。
まずドローンの説明がなされ、次に読者に対するトリックの挑戦について、二つの理由を書いてあります。
先に紹介しました帯の部分でもわかりますように、この挑戦状には作者の編み出したトリックに対する自信がとても強く込められているというのが凛の印象ですね。

第一章から読み進むにつれて、だんだんと主人公の飛鷹六機の生い立ちと、ドローン探偵と呼ばれるようになったのかがわかってきます。
彼は「黒羽」を継ぐことをとても意識しています。
それから、テレビに出るほどの有名人になっていることも。

小説では、ドローンと人間は会話ができるんですって!
「Hel(ヘル)」(同20頁他)と名付けられた「彼女」はとても六騎のことを思ってくれる心優しいドローンさんです。
他にも2機のドローンたちが登場します。

部員の国府玲亜(こくふ れいあ)は、二年生です。
彼女の父親が政府の内閣官房長官であるため、お嬢様として他の部員たちから一目置かれています。
彼女は「ノブレス・オブリージュ」(同26頁他)というフランス語を用いて、富裕層としての責務ということで、他の部員よりも多くの支出をしますが、主人公の六騎を除いた部員一人一人に彼女に対する複雑な思いがあります。

物語は「北欧神話」がキーワードになって進行します。
三豆ヶ村にある高台の明日ヶ台(あすがだい)に資産家の御出院氏が、やがて来る「最終戦争(ラグナロク)」(同47頁)に備えて「核シェルター(ギムレー)付きの洋館(ヴァルハラ)」(同48頁)を建てます。

探検部員たちはその館を探検することになります。
彼らが訪れると、いきなり天候も荒れてきました。
もう館の外には出られません。
いかにもミステリー小説らしい怪しい設定ができました。
これからは読者が作者からの挑戦に向かっていかなければなりません。

探検部の部員たちが、一人殺され、また次に殺され……。
一体何人が殺されていくのでしょうか……。
犯人は誰?
犯人は何のために殺人を犯すのでしょう?

部員の一人一人に動機がありそう……。
他にも館に誰かが隠れていそう……。
もちろん六騎とドローンは大活躍します。

怖いけれど、先に読み進みたいのは読者の心理ですね~
ミステリー小説ですから、詳しくはあなたが読まれてからのお楽しみに。(^_-)-☆

ところで帯や本編の最初に書かれている作者からのトリックに対する挑戦の言葉を思い出してみましょう。
作者はあらゆるところに伏線をはっています。
それを見つけることができるでしょうか。
読者は自ら物語の主人公になった感覚で作者に挑みましょう。

うーん、凛は予想したトリックは見事にはずしてしまいました……。(T_T)
ええーーーっ、そうだったのぉーーー?? (◎_◎;)

最近は映像化できそうな文学作品が多いですよね。
しかし、この小説はトリックを考えると、果たして映像化できるか、どうか……。
映像化はかなり難しいのでは。
つまり、唯一小説だけで楽しめるミステリーであると凛は考えました。
おっと、いけない、いけない、これ、大きなヒントに繋がってしまいそう……。(-_-;)

文庫本の解説は、文芸評論家の細谷正充(ほそや まさみつ)氏です。

作者の早坂 吝氏は、2014年、ミステリー小説『○○○○○○○○殺人事件』(講談社ノベルス、2014年、のち講談社文庫、2017年)で第50回メフィスト賞を受賞☆彡されてデビューされました。
同作で、2015年版「ミステリが読みたい!」新人賞を受賞☆彡されています。
ノベルス版と文庫版では殺人事件の数が異なっているとか。
他にも本格ミステリーなど多くの作品を発表されています。

最後に、まとめです。
冒頭の作者からの読者への挑戦状には天晴れです!(^○^)
探検場所の設定や、荒天、北欧神話との絡みも含み、登場人物の誰もが怪しく、読者を大いに惑わせてくれます。
最新技術を用いたドローンを駆使して殺人事件に挑む主人公飛鷹六騎の生き様と、ドローンとの友情ともいえる交流がとても和やかで新鮮でした。

トリックは作者にしてやられましたが、頁を戻してはられた伏線を辿ると、なるほど~と思える箇所がいくつもありました。
自由な発想ができることが求められますね。
凛はあっという間の読書時間で、退屈することなく楽しめましたよ~
あなたも早坂 吝氏からの挑戦状に挑んでみられてはいかがでしょう。

今夜も凛からあなたにおすすめの一冊でした。(^-^)

************
(文春文庫)文庫-2020/7/8早坂吝(著)
************

2021年7月13日火曜日

「旅友」と物語を紡ぐ ~原田マハ『ハグとナガラ』(文春文庫、2020年)~

こんばんは。南城 凛(みじょう りん)です。
今宵も凛のりんりんらいぶらり~にようこそお越しくださりありがとうございます。
どうぞごゆっくりとおくつろぎくださいませ。(^-^)

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

暑いですね~
あなたもお元気でお過ごしでしょうか。

凛は夏バテしないように気をつけなければと思っています。
すっかり自粛に慣れてしまいましたねえ。
暑さもあり、外出を控えて家で過ごすことが増えると、食欲と運動のバランスが崩れそうです……。(^-^;

特に、凛は冷たいドリンクなどを摂りすぎるとカラダが冷えて調子が悪くなりやすい体質なので、できるだけ熱いものを摂るように心がけています。
あなたはどんな暑さ対策をなさっていらっしゃいますか。

ところで、あなたは旅がお好きですか。
一人旅、ご家族との旅もよいですが、楽しい旅の共有ができる「旅友」はいらっしゃいますか。
忙しい日常から解放され、非日常の中でくつろいで心から話ができる「旅友」がいたら、それはとても幸せな時間でしょう。

凛には「旅友」はいませんねえ。
3年ほど前の話になりますが、全国大手書店の企画の懸賞日帰りバス旅行が当たったときは一人で参加しました。
意外と一人旅の方も大勢いらっしゃって安心しました。
昼食のときもお一人様用の席で10名ほど一緒のテーブルで食事をしました。
自由時間も各々距離を上手くとりながら楽しみました。

そのときの旅行会社のツアーガイドの方がバスの車内で、「最近は『バス友』が流行っていますよ。お客様方のお隣のお席の初対面の方と『バス友』になられることもございますよ」と仰っていたのが印象的でした。
担当の方の説明では、「バス友」とは、バス旅行のときだけのお友だちだそうです。
要するに、普段のお付き合いはせずに、バス旅行のときだけ一緒に申し込んで一緒に楽しむのだそうです。
凛は、そのような新しいお友だち関係もあるのかと納得しました。

凛も旅は好きなのですが、最近は自粛優先ですから、旅とはすっかりご無沙汰いたしております。
そろそろどこかに行きたいなあ、と心の誘惑がそろりそろりと凛を襲ってくるような感覚……。
旅を描いた小説で楽しむのはいかがでしょう。
読者を文学の旅にいざなってくれますよ~ (^○^)

今回の本は、原田マハ(はらだ まは)氏の連作短編集『ハグとナガラ』(文春文庫、2020年)です。
この文庫本は、文春文庫のオリジナルです。
過去に他社の文庫本や文芸誌に収録された作品を文春文庫に一冊にまとめて刊行されたものです。

主人公ハグは、大学時代からの友人である女性ナガラと共に「旅友」として旅を楽しみます。
二人共仕事をもつ独身女性です。
時代が進むにつれて二人の境遇も変わってゆきますので、当然ですが旅の内容にも変化がみられます。
合わせて、旅先の紹介や、知り合った人々との邂逅など、旅ならではの楽しさも味わえます。
作者は折々の旅での二人の心境を行間にたくさん織り込みながら、読者に共感を与えてくれます。

まずは、この文庫本の入手についてです。
昨年の秋、凛はいつもの近所の書店の文庫本新刊コーナーで見つけて購入しています。
2020年10月10日第1刷です。

「凛さ~ん、やっと私の出番ですね~」という声がこの文庫本から聞こえてきそうです。
凛には出番を待っている本たちがたくさんいるんですよ~ (^-^;

表紙には、地図の上に立つ二人の女性、ハグとナガラと思われますが、二人とも旅のキャリーバッグと共に笑って青空を見上げている姿の絵が描かれています。
二人の笑顔が実にいいですねえ。
笑顔を見ている凛も「明日もきっといいことあるよね!」と元気が出ます!

カバー絵は、アメリカのジェーン・デュレイ氏による作品「ハグとナガラ」(2020年)です。
原田マハ氏はキュレーターもされていらっしゃったので、ひゃあ、さすがです!!(^^)v

凛が持っている文庫本の帯の表表紙側には、「折返し地点から動き出す」と紹介文が載っています。
物語がいっぱい詰まっていそうな感じがしますよね~

帯の裏表紙側には、ナガラからハグに旅へのお誘いのメール文が掲載されています。
「旅に出よう」というタイトルで、
「元気?
(中略)
 もう、行けるかな。そろそろかな。
 ね、行かへん? どこでもいい、いつでもいい。」(帯の裏表紙側より)

このナガラの書く言葉がまたいいんですよね~ 
作中でハグとナガラは関西弁でやりとりをします。
なんだかとっても温かみがあるんです!

以上、表紙のカバー絵の明るさと、帯の紹介文によって、凛は書店のレジに直行しました。

では、内容に入ります。
最初に、原田マハ氏による「まえがきにかえて『ハグとナガラ』が文庫化された理由」が掲載されています。

原田マハ氏には「旅人ネーム」(9頁)を呼び合う「旅友」の存在を明かしていらっしゃいます。
「旅友」との思い出を作品にして不定期で発表していらっしゃったのですが、コロナ禍で一冊の文庫本にまとめることになった動機を書かれています。
あなたが作品を読まれる前後に、この文章は是非読んでいただきたいですね。

目次を見ますと、6篇の短編が収録されています。
「旅をあきらめた友と、その母への手紙」
「寄り道」
「波打ち際のふたり」
「笑う家」
「遠く近く」
「あおぞら」

二人の旅の物語だと思ったのに、いきなり「旅をあきらめた友」というタイトルが出てきて凛は驚きました。
お一人様の旅で始まるんですよ。

6篇を通して、とても重要なキーワードが複数あります。
しかし、キーワードがいくつあるのかは読者自身に委ねられていると凛は考えます。
ここでは凛がキーワードと考えたうちの五つだけをご紹介します。

一つ目のキーワードは、「時間」ですね。
この連作短編は、時系列に沿って編まれています。

文庫本の奥付の前の頁に、「出典」が掲載されており、各々の作品の刊行年が紹介されています。
刊行年は2008年~2020年までですので、逆算して、各作品の社会状況とハグとナガラの年齢と置かれた環境が概ねわかります。

二人は三十代から始まり、四十代、五十代と、環境の変化に伴って、彼女ら自身にも心身の変化がみられます。
そのため旅との向き合い方も変わってきます。
だんだんと旅をしている場合ではなくなってきます。
時間の流れは誰にも抗えません。
その変化が読者にひしひしと伝わってきます。

二つ目のキーワードは、「仕事」です。
彼女らは「男女雇用機会均等法の一期生」(121頁)でバリバリと働いた「キャリア・ウーマン」(同頁)です。
ハグが密かに敷いていた思惑が崩れてからの努力がそれはもう大変です。
会社という組織から離れた者の哀歌が聴こえてきます。
ハグの生活に直結します。

他方、ナガラのほうは一見順風満帆に上昇していますが、本人だけにしかわからない大変さがあるようです。
二人の仲も少し距離を置かざるを得ない時期もありますが、距離の置き方が絶妙なのです。

三つ目のキーワードは、「介護」です。
二人共に母親と娘との関係が如実に描かれています。
「時間」の経過は、老親のケアという「現実」が迫ってきます。
ナガラが先でしたが、ハグにも仕事との関係が問題となり、旅どころではなくなります。

四つ目のキーワードは、「旅先での出会い」です。
これは旅そのものの楽しさですね!
凛は作中に出てくる地名に緑色の小さな付箋紙を貼ったところ、40ヵ所を超えていました。(重複の地名を含みます。)
凛は地図を見ながら読むのが好きです。
主人公と一緒に旅をしている気分になれます。
これぞ旅文学!\(^o^)/

旅先でのタクシーやバスの運転手さんたちとのやりとりでは、旅慣れしているなあ、と感心します。
2篇目の「寄り道」では、バスの隣席に座った若い女性とのエピソードには胸がジーンと熱くなります。

五つ目のキーワードは、「友情」ですね。
やはり「旅友」!
ハグもナガラもお互いの人生に欠かせない大切な親友でしょう。
かと言って常にべったりではなく、距離感をとても適切にしているのがよくわかります。
連絡の方法も、携帯電話のメールから、スマホのLINEへと変わってゆきます。
しかし何と言っても伝達手段の最高のツールは……。
それは、あなたが読まれてからのお楽しみに。(^_-)-☆

巻末の文庫本の解説は、阿川佐和子氏です。
「アガワ」(198頁)流の「女旅」(196頁)にはほろ苦味も加味されています。
名エッセイスト・人気作家としてのひとつの作品としても楽しめますよ~(^o^)

作者の原田マハ氏は大変な人気作家ですから、書店で多くの作品が平積みされているのをご覧になられることも多いでしょう。
多くの作品を刊行されていますので、ここでは少しだけご紹介しますね。

デビュー作は、小説『カフーを待ちわびて』(宝島社、2006年、宝島社文庫、2008年)で2005年、第1回日本ラブストーリー大賞を受賞☆彡されています。
この作品は、2009年、中井庸友監督、玉山鉄二さん主演、マイコさん共演で、同名で映画化されています。

小説『楽園のカンヴァス』(新潮社、2012年、新潮文庫、2014年)では、2012年、第25回山本周五郎賞を受賞☆彡されていますし、第147回直木三十五賞の候補ともなっています。
これは凛がとっても大好きな作品です。
あなたがまだ未読でしたら、是非おススメします!!

また、小説『リーチ先生』(集英社、2016年、集英社文庫、2019年)で、2017年第36回新田次郎文学賞を受賞☆彡されています。

他にも直木三十五賞の候補作をはじめ、エッセイ、映画化、ドラマ化された作品など多数刊行されています。
ご存知の方も多いとは思いますが、作家の原田宗典(はらだ むねのり)氏マハ氏の実兄です。

まとめ。
小説『ハグとナガラ』は、主人公ハグと「旅友」ナガラが共に旅を楽しみ、謳歌し、そして抗えない時間の経過に伴う苦しみ、哀しみと向き合います。
人生も後半であることを意識すると、大人としての旅を体験します。
二人はあらゆるスパイスと共に素敵な人生の旅の物語を紡いでいるのでしょう。

前も少しだけ書きましたが、凛には「いつか時間ができたら必ず旅をしようね!私たちはこれからだよね!」と新幹線駅の改札口で誓った女性の友人がいました。
凛は彼女と絶対にいつかは旅ができると勝手に思っていたのかもしれません。
温泉でゆっくりしたかったなあ。
一度も実現することなく、彼女は亡くなりました。(T_T)
「いつか」と機会が訪れるのを待つのではなく、もっと貪欲になって彼女と強引に旅をしたかったなあと思うこの頃です。

「人生を、もっと足掻こう。」(20頁、90頁他)
「足掻く」……凛の胸にぐさっと突き刺さります。
「足掻き」ながら、「寄り道」(47頁)することも必要ですね。(^o^)

この作品で、あなたにはいくつのキーワードが刺さりますでしょうか。

今夜も凛からあなたにおすすめの一冊でした。(^-^)

************
(文春文庫は40-5)文庫2020/10/7原田マハ(著)
************
 

2021年6月28日月曜日

SF古典名作を愉しみました ~アーサー・C・クラーク『幼年期の終わり』(池田真紀子訳、光文社古典新訳文庫、2007年)~

こんばんは。南城 凛(みじょう りん)です。
今宵も凛のりんりんらいぶらり~にようこそお越しくださいましてありがとうございます。
凛とともにどうぞごゆっくりとおくつろぎくださいませ。(^-^)

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

お久しぶりです。
お変わりありませんか。
凛はいろいろと野暮用が続いたため、ブログの更新がとっても気になりつつも、すっかりご無沙汰してしまいました。(^-^;
この期間にりんりんらいぶらり~を訪れてくださったあなたには感謝の気持ちでいっぱいです。(^-^)

夏至も過ぎ、本格的な夏になりましたね。
今年も暑い日々が続きそうですねえ。
これからの季節は感染対策はもちろんのこと、熱中症にも気をつけていかなければと思っている凛です。

では、本題に入りましょう。

あなたは異星人の存在を信じますか。
宇宙船らしき謎の物体を見たことがありますか。

凛は二度、夜空をふわふわと飛んでいる宇宙船らしき謎の物体を見たことがあります。

今から5・6年ほど前になるでしょうか。
春の訪れが待ち遠しい季節、夜のウォーキングをしていたときに、そこは街中の公園で、ふと夜空を見上げたら、数色の光を帯びてふわふわと飛んでいる宇宙船みたいな何だかよくわからない物体X(凛がここで勝手に名付けています)がいたのです!
SF映画に出てくるような丸くて平べったい円盤型で、お煎餅のようにところどころふっくらと膨らんだ部分が上下にいくつかあって、底から数色の光を地上に向けて発しているのです。

謎のお煎餅型物体Xは空間に数秒停まっているかと思いきや、ふわりふわりと上下にゆっくり浮遊しながら、するすると音もたてずにビル群の向こうへと飛んで行ってしまいました。
とっても不思議な時間でしたねえ。
X……あれはドローンだったのかなあ。

その時間帯は夜にも関わらず結構公園に人がいて、各々ウォーキングをしていたり、走っていたりしていたので、凛の周囲は一人ではありませんでした。
誰か他の人たちも気づいていたかもしれませんが、どうなのでしょう。
こういうときに凛は想像力をいっぱいに膨らませて、Xが見えているのは凛だけかもしれない……と物語をつくったりするのです。(^-^;

それから約一か月後、すっかり桜の季節の春真っ盛りになった頃、やはり同じ公園ですが、夜空から数色の光で地上を照らしている謎の飛行物体らしき大きなお煎餅型Y(こちらも凛が勝手に名付けています)が数分間空中に浮かんでいるのを発見しました!
前回のお煎餅型Xを見たときよりも地上からもう少し近い高さだったからなのか、Yはとても大きく見えました。

謎の飛行物体らしきお煎餅型Yをその真下に近い所から見上げると、本当に映画の撮影ではないかと思うくらいに丸くて広くて、異星人が乗っているのではという気がしてなりませんでした。

凛の周囲の人々も「あれは何だ?」と言いながら大きなお煎餅型Yを見上げていましたが、Yはとりたてて変わった様子もなくじっと浮いたままだったので、撮影用のドローンかと思ったのか、人々はまた「現在」の意識に移っていきました。

凛は、お煎餅型Yから「特別の時間」を与えられたような感覚がしてなりませんでした。
しばらくの間、じーっと見上げていましたが、だんだん首が疲れてきて、他の人々と同じように「現在」の意識に戻りました。

やはり何かの撮影用のドローンだったのかもしれませんねえ。
一体誰がYを操作していたのでしょう。
周りを見渡しても、撮影している人たちの姿が見られませんでした。
どこか別の場所からの遠隔操作だったのでしょうか。

何だかわからない謎の飛行物体みたいなお煎餅型のXやYには異星人がいたのかもしれないと想像するだけでスケールの大きな話になり、凛はワクワクします。
今から考えると、吸い込まれることもなく、攻撃もされずに良かったと思います。

前置きが長くなってしまいました。

今回の本は、アーサー・C・クラーク氏のSF小説『幼年期の終わり』(池田真紀子訳、光文社古典新訳文庫、2007年)です。
SF小説の古典と言われている名作で、SF好きな方には大変人気の高い作品です。

この作品は、1953年にアメリカで初版が刊行されて以来、世界中のファンに魅了され続けています。
日本では、1964年、早川書房から『幼年期の終り』(福島正実訳、ハヤカワ・SF・シリーズ)として刊行され、その後、複数の出版社から刊行されています。

まず、この本の入手についてです。
凛が入手したのは光文社古典新訳文庫版で、街の書店で新訳版のほうを購入しました。
この新訳版では、第1部の第1章の改稿された作品が収録されています。
凛の文庫本は、2020年10月20日発行の第10刷です。

次に、本の装丁などについてです。
光文社の古典新訳文庫はシリーズ化されていて、装画は、全て望月道陽(もちづき みちあき)氏によるものです。
線画で描かれているのは、地球の人間なのでしょうか。

古典新訳文庫の装丁は、言語圏によって青・赤・緑・茶・桃色の5色に分類されています。
この文庫本は緑色なので英語圏で、装丁家の木佐塔一郎(きさ とういちろう)氏によります。

凛の文庫本の第10刷の帯の表表紙側には、「初版から36年後に書き直された第1章(以下、省略)」「哲学小説」と書いてあります。
帯の裏表紙側には、「黙示録的文学の古典」とも書いてあります。

実は、凛はSF小説は初めての体験なのです。(-_-;)
SF映画はとても好きなのですが、これまでSF小説は難しそうだなあと敬遠してきました。
何故だかわかりませんが、ある日突然、SF小説を読んでみたい!と思って、今回SF小説の初体験となりました。
まさか、異星人からのメッセージ?( ;∀;)

本編の前に、著者のクラーク氏による「まえがき」が掲載されています。

本編は、以下の通り、三部に分かれています。
第1部 「地球とオーヴァーロードたち」
第2部 「黄金期」
第3部 「最後の世代」

海外文学の場合、登場人物の名前がわかりづらく、しっくりこない場合がありませんか。
目次の次に「おもな登場人物」の一覧が掲載されています。
本に添付されている栞には主な登場人物の名前が書いてあります。
栞で確認しながら読むと、登場人物の名前がすんなりと頭に入りやすくなると思うので、この栞は大変便利ですよ~

第1部の第1章は、21世紀のロシア系と思われる宇宙飛行士たちが登場します。
書き直す前の東西冷戦を背景にしたものから、改稿によって約30年ほど時代が進んでいます。

第1部の第2章からは筆者による書き直しは一切ないとのことです。
国連事務総長のストルムグレン氏の登場から、これは地球規模の話なのだということがわかります。
最高君主であるオーヴァーロードと称される地球総督の異星人カレランとの接点が何より興味深いですね。

地球は彼らオーヴァーロードに支配されているのだろうという設定ですが、まだ地球人には支配されている側の意識にゆとりがあるような印象を凛はもちました。
第3章で、「懐中電灯」(60頁他)というグッズが出てきたのが、時代を感じさせるなと思いました。
カレランたちの容姿や思考などはまだ不透明です。

第2部では、第1部から50年経た地球。
時代も世代も変わり、人々の生活も高度な技術によるものに進化しています。
オーヴァーロードのラシャベラクが登場して、容姿が明らかになります。

第3部では、コミュニティに住む一部の人たちとその子供たちとオーヴァーロードとの接点は如何に。
ジャンという青年が重要な役割を果たします。
オーヴァーロードと地球の運命は……。
有名な作品ですが、凛のSF小説初体験のようにまだ未読な方もいらっしゃるでしょうから、あとは読まれてからのお楽しみに。

巻末の解説は、慶應義塾大学文学部教授・アメリカ文学専攻(2007年当時、現在は慶應義塾大学名誉教授)の巽 孝之(たつみ たかゆき)氏す。
「──人類の未来と平和」という題目で、非常に熱く詳しく述べていらっしゃいます。
詳細に解説されており、凛のようなSF小説入門者にもわかりやすく、また読んでみよう!という気持ちになりました。
巽教授による丁寧な講義を聴講している学生のような面持ちで大変勉強になりました。

この後に、クラーク氏の「年譜」が続きます。
最後は訳者の池田真紀子氏による「訳者あとがき」で作品についてまとめられています。

著者のアーサー・C・クラーク氏については、映画『2001年宇宙の旅』(スタンリー・キューブリック監督、1968年公開)でキューブリック監督と共に1968年のアカデミー賞脚本賞☆彡☆彡にノミネートされ、アカデミー賞特殊視覚効果賞☆彡☆彡☆彡を受賞しました。
また、同映画は1969年、ヒューゴー賞☆彡☆彡を受賞しました。
小説『2001年宇宙の旅』は映画公開後、1968年発表されました。
他にも多数ありますが、ここでは省略させていただきます。

20世紀を代表するSF小説の大家、クラーク氏の作品に触れて、凛は地球人としての自己について考えてみました。
人類は進化していくのでしょうか。
それから地球の運命についても……。
壮大な宇宙からのメッセージがクラーク氏を通して作品に込められているような印象をもちました。

ところで、書き直す前の第1部第1章も是非読んでみます。
21世紀を生きている読者には作品の印象が変わるでしょうか。

時空を超えた不思議な旅ができる!
これこそ文学の愉しみですね。\(^o^)/

またいつもの公園で夜空を見上げてみよう。
昼間にも何か見えるかな。

今夜も凛からあなたにおすすめの一冊でした。(^-^)

************
文庫-2007/11/8クラーク(著)池田真紀子(翻訳)
************

2021年6月8日火曜日

やはり人が財産ですね ~山本甲士『ひなたストア』(小学館文庫、2020年)~

こんばんは。
南城 凛(みじょう りん)です。
今宵も凛のりんりんらいぶらり~にようこそお越しくださり、ありがとうございます。
どうぞごゆっくりとおくつろぎくださいませ。(^-^)

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

あなたにとってスーパーマーケットは身近な存在ですか。
「そんなの当たり前だ!」とは限りません。
日々の暮らし方には各々違いがありますから、一概にスーパーでお買い物される方ばかりでないでしょう。
それでも「食」は毎日のことですから、やはり生活必需品を扱うスーパーの存在は大きいですよね。

凛は生活圏にあるスーパーの話題についてはいつも気になっています。
毎日のセールだけでなく、近所に新しいスーパーが開店したとか、リニューアルしたとか、とても気になりますねえ。
A店とB店は昔からライバルだけど、A店のほうがスタッフの対応が良いとか、最近客入りが増えているのは綺麗に改装したC店だとか、或いは新規参入の薬局D店の食料品の価格が安いとか、E店は狭いけど野菜や果物が新鮮だとか、F店はセルフレジが使いにくいなどなど、、
それはもう消費者の立場で、勝手気ままに各店を客観視しながら、買い物の度に注目しています。(^-^;

経営者やスタッフの努力は大変なものであろうと思います。
特に昨年からのコロナ禍で、エッセンシャル・ワーカーと呼ばれるスタッフさんたちに、いつも「ありがとう!」と感謝の気持ちをこの場で伝えたいですね。\(^o^)/

今回の本は、山本甲士(やまもと こうし)氏の小説『ひなたストア』(小学館文庫、2020年)です。
廃業寸前の地域密着型のスーパーが、転職したサラリーマンの男性主人公らの活躍によって蘇っていく過程を愉しめる再生物語です。
再生するのはスーパーだけではありません。
転職した主人公の男性のお仕事小説でもあり、また周囲の人々との人情物語でもあり、それぞれの立場で再生します。

この作品は、2018年にハルキ文庫から『がんこスーパー』として出版されたものを改題、加筆改稿して、新たに『ひなたストア』として小学館文庫から2020年2月に刊行されたものです。
『ひなたストア』では、巻末に作者の「あとがき」が加わっています。

まず、この本の入手についてです。
凛は街の書店で見かけたものの購入はせずにメモだけとっていたのですが、後日になってからやはり読みたくなり、大手ネット書店から購入しました。
街の書店さん、今回はごめんなさい。
凛はもちろん書店巡りは大好きですし、ネットからの購入もしますよ~

次に、本の装丁などについてです。
凛が購入した文庫初版本の帯の表表紙側には、「廃業必至!店をV字回復させるには?」と赤い文字で目立つように掲載されています。
その文言の前には小さな赤い文字で「転職早々難題が!」と。
「ここでダメなら、おれもクビ!」とも小さな黒い文字で……。
「わあ、主人公は大変な状況だあ!」ということが一目瞭然です。

裏表紙には、「早期退職勧奨に応じた主人公の青葉一成。」の転職先について概略が説明されています。
ここで、主人公は自ら望んで転職したわけではなく、最初は仕方なく会社の方針に「応じ」なければならなかったことがわかります。

裏表紙側の帯とも合わせて読むと、青葉一成の転職した先の会社の事情で、閑古鳥が鳴いている廃業ぎりぎり間近かとみられる一店舗だけで営業しているスーパーで、見学に来た奥さんや中学生の娘とも絶句状態!
家族もいて、家の住宅ローンもあり、娘の進学も控えているし、中高年になっての転職は大変というのに、将来への希望も一気に瓦解してしまいました。
さて、お先真っ暗な状態から、主人公はどうやって前に進むのでしょうか、というお話です。

表紙のカバーイラストは、おとないちあき氏で、カバーデザインは、高柳雅人(たかやなぎ まさと)氏です。
表紙には、恐らく主人公と思われるエプロン姿の男性の背中が中心に配置されています。
この男性はお客さんとみられる方とお話しているようですねえ。
ここは野菜売り場で、人参やキャベツ、ピーマン、トマト、ネギなどがカゴにたくさん盛られていて、どれも新鮮で美味しそうです。
とても閑古鳥が鳴いているようなスーパーには見えません。

それでは、内容についてです。
主人公の青葉一成(あおば かずなり)は、福岡市に本社を置くサプリメント会社の営業課長職ですが、冒頭から人事部長から退職勧告を言いわたされる場面から始まります。
雇用されている者にとっては「ついに来たか!」と肩たたきを受ける恐怖の場面でしょう。
会社の都合により、業績の悪化を原因にされて、人員整理へと会社は容赦なく社員を切ります。
退職金の上乗せという条件も与えられますが、これから先を考えると、なかなか難しいところでしょう。
主人公の置かれた厳しさに身につまされる読者もいらっしゃるかもしれません。

青葉一成は退職勧告を受けます。
退職の日の情景は「あばよ、会社」といった感じでしょうか。
実に潔い場面です。
彼は過去を振り返ることもなく、前に進みます。

彼の再就職先については旧友のおかげで決まっていたこともあり、新しい環境でうまくスタートができるというところで、予想が見事に外れてしまいました。
呆然とする主人公と家族。
ここからが本当の再生の物語が始まるのです。

転職先の都合で、開発課長として在籍のまま、青葉一成が配属されたのは佐賀県の某地方の廃業寸前のスーパーの「ひなたストア」で、副店長という肩書でした。
このスーパーは一店舗だけの営業で、周囲には全国展開の大手スーパーと、地方で複数店舗も展開している勢いのあるスーパーに囲まれて、ライバルにも匹敵しないという立ち位置の廃れようです。
店舗には空気というのは消費者も感じますよねえ。
つぶれる寸前のお店というのは、活気がなくて品薄で、スタッフも暗くて笑顔がなく入りづらいし、人を寄せ付けない空気感がどよ~んと漂っています。

彼はご家族とも離れ、単身赴任で、重い気持ちで会社の寮である平屋の一軒家に住みます。
そこからが人のご縁が始まります。
あれよ、あれよと、後半は一気読みでした!! (^o^)

最初の改革はスタッフの笑顔から始まります。
「がんこ野菜」(128頁)という無農薬野菜、これが後半の重要なキーワードになります。

そして、人が人を呼ぶのです。
経営者、スタッフ、お客様、野菜農家、ラーメン店、習い事のメンバーなどなど。
メディアやインターネットも活用しますが、評判の持続性には努力が必要です。

「ええーっ!こんなにうまくいくかなあ」
「現実の事業経営は甘いものではありません」
「一店舗だからできるのでしょう」
「大手スーパーにも悩みはあるのだ」
「中高年の転職は厳しいものだよ」
などと批判の視点をもたれる読者も多くいらっしゃるでしょう。
しかし、この小説の中で何かひとつでもポジティブになれるヒントが見いだされるかもしれませんよ。

合わせて、主人公の青葉一成の成長物語でもあります。
主人公の日々を懸命に生きる姿に共感し、応援したくなる小説です。
凛は、この小説は働く者たちへの応援歌でもあると考えます。(^^)v

最後には、転職先の会社から青葉一成に「ある話」がきますが、彼はどう判断し、どのような決断を下すのでしょうか。

また巻末の作者である山本甲士氏による「あとがき」が、まるでエッセイのようで、この作品について実に分かりやすく解説されています。
作者のお住まいの周辺の複数のスーパーに対して、一消費者としての厳しい視点とあたたかなまなざしがみられます。
それらが作品につながっていくことが丁寧に綴られています。

作者の山本甲士氏は、1996年、小説『ノーペイン、ノーゲイン』(角川書店、1996年)で、第16回横溝正史ミステリ大賞優秀作を受賞☆彡してデビューされています。
山本ひろしの筆名で、2004年、小説『君だけの物語』(小学館、2006年)で、第13回小川未明文学賞優秀賞を受賞☆彡されています。
他にも受賞され、多くの作品を刊行されています。

短編集『わらの人』(文藝春秋、2006年、のち文春文庫、2009年、のち改題して『かみがかり』(小学館文庫、2014年)は、2008年に『髪がかり』のタイトルで、河崎実氏監督、夏木マリさんの主演で映画化されています。
他にも映画ノベライズなどご活躍されています。

また、会社からリストラされた中高年の男性が大変に努力するお仕事小説の『ひなた弁当』(中央公論新社、2009年、のち中公文庫、2011年、のち小学館文庫、2017年)もおすすめです。

人と人とのつながりを大切にすることで、たとえどんなに些細なことでも問題解決につながっていく過程が実によく描かれています。
人が財産ですね。

「ひなたストア」はどんどん応援したくなる地域密着型スーパーですねえ。
コロナ禍で「ひなたストア」はどんな策略を練り、展開しているでしょうか。
是非とも続編が読みたくなる物語です。(^o^)

今夜も凛からあなたにおすすめの一冊でした。(^-^)

************
(小学館文庫)文庫-2020/2/6山本甲士(著)
************

2021年5月26日水曜日

人生で最上の一冊はどの本にいたしましょうか ~野村美月『三途の川のおらんだ書房 迷える亡者と極楽への本棚』(文春文庫、2020年)~

こんばんは。
南城 凛(みじょう りん)です。
今宵も凛のりんりんらいぶらり~にようこそお越しくださりましてありがとうございます。
どうぞごゆっくりとおくつろぎくださいませ。(^-^)

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

唐突ですが、あなたにとっての人生最後で最上の一冊はどの本になさいますか?
これが今回のテーマです。

凛は医療と生命の大切さに改めて気づかされているこの頃です。
今年の日本は梅雨入りも早く、自粛で、読書を楽しまれていらっしゃる方も多いでしょう。
いつまでも好きな本を読みふけっていたいところですねえ。

いつかは人生で最後の一冊の読書となる時が訪れるかもしれません。
凛は、今回のテーマについては普段はほとんど考えないというか、考えたくないというのが本音でしょうねえ。
なんとなく、或いは敢えて避けてしまいたいテーマに真正面から描いている小説をご紹介しましょう。

「人生最後の本だなんて嫌だな。怖いなあ」などというご心配はいりませんよ。
人は誰でもいつかは最期を迎えます。
一人一人のこれまでの生き方からヒントを得て、誰もが納得して極楽の読書ライフに導いてくれる書店があるとしたら、どれだけ幸福感に満たされることでしょう。
つまり、極楽で永遠に幸せな気持ちで過ごせるという、とっておきの一冊を提供してくれるありがた~い書店の物語なのです。
読後は爽やかで幸せな気分に浸れると思いますよ~ (^-^)

凛が今回ご紹介いたします本は、野村美月(のむら みづき)氏の連作短編小説『三途の川のおらんだ書房 迷える亡者と極楽への本棚』(文春文庫、2020年)です。
この作品は文春文庫への書き下ろしです。
文庫巻末の解説はありません。

まず、今回の本の入手経路ですが、凛とこの本との出合いは書店ではなく、ネット書店からです。
凛は読書の合間に、本の奥付の後に印刷されている他の本の宣伝や、本に挟んである「今月の新刊」などの出版社の宣伝の栞に目を通し、情報を得るのが好きです。
今回は本に挟んである栞から情報を得て、「この本、面白そうだなあ。讀みたいな」と思って、ネット書店から購入いたしました。

凛が購入した文庫本初版の帯の表表紙側には、「人生最後の、天にも昇る一冊をお選びしましょう」と書いてあります。
文庫本の裏表紙の説明文には、「本好きに贈るビブリオ・ファンタジー」と書いてあります。
本好きにはとてもそそられる感じですよ~

次に、表紙のイラストは、月岡月穂(つきおか つきほ)氏です。
おらんだ書房の店主である和柄の派手な着物をゆるやかにまとったイケメンの若い男性が妖しげな表情の横顔で描かれています。

日本にもあらゆる宗教がありますが、この作品は恐らく仏教に基づいた物語でしょう。
尚、ここでは物語に沿うことを主題としていますので、細かな宗教観などは省かせていただきますのでご了承くださいませ。

では、この作品の内容に入ります。
この物語では、死者は此岸から彼岸との境目を一定の期間を過ごし、三途の川を超えて彼岸へと旅立つ設定になっています。
死者たちは此岸と彼岸との境目で六文銭を好きな「もの」や「こと」に費やした後、木の舟で三途の川を渡ります。
一度、彼らは三途の川を渡ってしまうと二度と戻れず、たとえ此岸と彼岸との境目であっても死者たちとは永遠に会えなくなります。

この此岸と彼岸との境目に存在しているのが「おらんだ書房」です。
六文銭で購入する対象は各人の好みになりますので、「おらんだ書房」だけでなく、あらゆるお店が存在します。
書店の他にも衣料品店やレストラン、遊郭などもあります。
六文銭の使い方は強制ではなく、各人の自由意思となっています。
三途の川を渡ってしまえば二度と戻れない世界ですから、人生最後のとっておきの「もの」や「こと」、それに本を選択するのも良しでしょうね。
あなたは六文銭をどの店で費やしますか。

さて、「おらんだ書房」では、派手な和柄の着物を纏ったイケメンの店主が、関西弁で明るく喋ります。(*'▽')
三途の川のほとりで営む「おらんだ書房」は二階建ですが、小さな書店のようです。
バイトの少年の「いばら君」が店主の仕事を手伝っています。
この書店を訪れる「客人」は少なく、あまり流行っている様子ではないですねえ。
ところが、一度訪れた「客人」は店主やいばら君のアドバイスで選ばれた本を手にして、非常にすっきりとした面持ちで舟に乗ります。

一体、どんな「客人」たちが「おらんだ書房」を訪れるのでしょう。
この物語は以下の六つのお話で構成されています。(目次より)
尚、登場人物のルビは省略します。

第一話 「本が大好きな 三田村祐介様(享年三十四)の場合」
第二話 「でんぐり返る本を探してる 越野園絵様(享年八十六)の場合」
第三話 「空っぽのおなかをかかえた、空っぽな目の 初芝泪衣様(享年四)の場合」   
第四話 「呪いの本を求めてやってきた 尾崎純香様(享年三十五)の場合」
第五話 「描けない人気漫画家 司 七彦様(享年四十一)の場合」
第六話 「世界で一番退屈で、つまらなくて、どうでもいい本をご所望の 鈴木藍理様(享年八十六)の場合」

四歳から八十六歳まで、実に様々な死者たちが様々な本を求めてのご来店です。
生き様も、亡くなり方も、本を求める事情も各人各様です。
いずれも店主が各人の事情を鑑みて、解決に導きますし、バイトのいばら君も活躍します。

これらの登場人物の中で、凛が気になったのは、第一話の三田村祐介さんです。
三田村さんは子供の頃から本が好きでたまらないお方。
社会人になっても本好きは変わらず、自宅でも多くの本が積まれており、突然の地震で本の下敷きになって亡くなられました。
果たして三田村さんは「おらんだ書房」でどんな本を選んで舟に乗られたのでしょう。
それはあなたが読まれてからのお楽しみに。(^_-)-☆

作者の野村美月(のむら みづき)氏は、2001年、小説『赤城山卓球場に歌声は響く』(ファミ通文庫、2002年)で、第3回ファミ通エンタテインメント大賞小説部門で最優秀賞☆彡を受賞されました。
2006年、小説『"文学少女"と死にたがりの道化』(ファミ通文庫、2006年)で「"文学少女"」シリーズとして出版されています。
この「"文学少女"」シリーズは、アニメ化されており、2010年には『劇場版"文学少女"』(多田俊介監督)として映画化されています。
他にもたくさんの作品を執筆されていらっしゃいます。

この作中には多くの文学作品の名前が出てきます。
本好きにはたまらない作品ですね~

ところで、この作品には凛には謎があるように思えてなりません。
登場人物の中で「おらんだ書房」の店主だけが死者ではないようですが、「境目」での暮らし方といい、一体どういうことでしょう。
バイトのいばら君のおかれている事情もよくわかりません。
それに、「おらんだ書房」の店舗の建物自体も擬人化の様相で、凛には生きている感じがぬぐえません……。
もしかしたら今後に続編があるのかなあと、期待している凛です。

人生最後の極上の一冊。
あなたはどのような本を選びますか。
凛はどの本にするのかなあ。
まだ答えは出ませんねえ。(^o^)

今夜もあなたにおすすめの一冊でした。(^-^)

************
(文春文庫)(日本語)文庫-2020/12/8野村美月(著)
************