2020年12月29日火曜日

シネコンのバックヤード・ツアーです! ~畑野智美『シネマコンプレックス』(光文社、2017年、のち光文社文庫、2020年)~

こんばんは。
南城 凛(みじょう りん)です。
今宵も凛のりんりんらいぶらり~にようこそお越しくださりまして、ありがとうございます。
凛とともにどうぞごゆっくりとおくつろぎくださいませ。(^-^)

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

2020年も残すところ二日と数時間になりました。
あなたの2020年はどのような一年でしたか。

凛はおかげさまで4月に、ブログの南城 凛のりんりんらいぶらり~を立ち上げまして、8ヵ月続けることができました。
凛のりんりんらいぶらり~を訪れてくださるあなたのおかげで、励みとなって続けています。

凛は本が好きです!
街の書店巡りが好きな凛にとっては大変有益な一年でした。(^o^)

凛がご紹介させていただきました作品には、ベストセラーの有名な作家のものもあります。
またこれからきっとご活躍をされであろう期待感がある作家の作品もご紹介しています。
とても面白かった作品ばかりで、是非あなたにも読書の感動を共有していただけると嬉しく思います。

今年は新型コロナウィルスの影響で、全世界中の人々が巻き込まれ、未だ解決が見いだせておりません。
来年も引き続き、これまでの価値感など変化を求められる年になりそうですね。

ところで、あなたは映画はお好きですか。
今年は自粛の影響で、人々の生活に変化がみられました。
そのため、映画をお家で観られる方も増えたことでしょう。
レンタルショップだけでなく、ネット配信が増えてきている昨今です。

しかし、やはり、映画は映画館で観るのが最も楽しいですね!
まずは座席を予約するところから始まり、映画館に足を運ぶ時間から、映画の世界への旅は既に始まっているのです。

映画は巨大なスクリーンに映し出される映像と、ダイナミックな音声との融合がひとつの作品世界となっています。
映画に集中している約2時間前後は非日常の空間です。
映画館でご覧になられるあなたご自身の時間と空間、そして作中の時間と空間、この二重の融和があなたを映画の虜とさせてくれるでしょう。

今年は吾峠呼世晴原作、外崎春雄監督の『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』の大ヒットで、全国の映画館が大盛況でしたね!
映画館の興行収入が大幅に増えたことは明るい話題となりました。
あなたはご覧になられましたか。
凛の友人は上映されると即座に映画館に行き、とても感動してきたと話していました。
まだまだこの映画の人気は続きそうです。

今回、凛がご紹介いたします小説は、シネマコンプレックスこと「シネコン」と呼ばれている映画館の仕事に従事している人たちのお話です。
多くの映画ファンに親しまれているシネコンでバイトをしている人たちに光をあてた作品です。

畑野智美(はたの ともみ)氏の連作短編集『シネマコンプレックス』(光文社、2017年、のち光文社文庫、2020年)です。
この作品は、作者の畑野智美氏がシネコンでバイトをしていた経験から描かれている小説です。

映画がお好きなあなたは、シネマコンプレックスをご利用されることもあるのではないでしょうか。
全国にあるシネコンは、単館やミニシアターとはまた違ったアミューズメントの楽しみがあるといった感じでしょう。

メディアなどの宣伝との連動で、主演俳優の舞台挨拶、ネットでの予約から、関連グッズの買い物、飲み物や食べ物の販売など、すべてがシステム化されているシネコン。
今回の作品は、このシネコンという広い空間と厳格なシステムの中で、真摯に取り組んで働く人たちのお仕事小説です。

凛は、いつもの近くの書店の文庫本の新刊コーナーでこの作品を見つけて、光文社文庫の2020年10月20日付の初版1刷を購入しました。
文庫版の表紙は、めばち氏のイラストで、映画フィルムを背景に、シネコンの制服を着た一組の男女が手を取り合っています。
女性の頭には赤いとんがり帽子が可愛らしくのっています。
二人は互いに見つめ合って、ダンスをしているようにも見えて、温もりのある雰囲気が漂っています。

文庫本初版の帯の表表紙側からは、仕事や恋、夢について一歩踏み出すことを躊躇している読者に対して勇気をもらえる小説であることがわかります。
物語は、クリスマス・イブの郊外のシネコンの舞台裏に焦点をあて、働く者たちの「等身大」(文庫本帯の表表紙側)として描かれているお仕事小説です。

帯の裏表紙には、シネコンが六つのセクションから成り立っていることが紹介されています。
「フロア」は、チケットのもぎり、案内、清掃など。
「コンセッション」は、飲食の売店。
「ボックス」は、チケット販売担当。
「ストア」は、パンフレット、関連グッズの販売。
「プロジェクション」は、映写機の操作担当。
「オフィス」は、備品管理、電話応対などをする事務所。

お客さまがシネコンで映画作品を楽しむためには、これだけのセクションがあり、様々な人たちの働きの中で「映画を楽しむ」という行為が成立しているのだということがわかります。
それらのどのセクションも重要であり、ひとつでも欠けるとお客さまが「映画を楽しむ」という行為が成り立たないということに繋がります。

文庫版の裏表紙からわかることは、この小説の舞台となっている郊外のシネコンには100人近い人たちが関わっていることに凛は大変驚きました。
実際、映画館に足を運んでも、上映される作品の時間帯の前後のスクリーンに関わる関係者しか普段は見えません。
シネコンではそれほど多くの人たちが働いているのかとあらためて思い知らされました。

映画ファンのための映画作品そのものや監督、俳優陣などに関する情報は多くありますが、シネコンの仕事に携わっている人たちの小説は、この作品で凛にとっては初めてでしたので、大変興味がわきました。
この作品は、或る年の日曜日のクリスマス・イブの日という特別な一日の舞台裏を描いています。
したがって、日常の業務に加えて、一年のうちの格段に忙しい一日であると容易に想像できます。
しかも、当日は舞台挨拶もあり、特別なイベント上映もあるという「大忙し」(文庫版、裏表紙)の日です。

物語は、七篇からなります。
六つの各セクションの細部にわたるバイトの規則が丁寧に描かれています。
シネコンでの就業規則をバイトの視点で具体的に紹介していますので、バイトのための活きた就業マニュアルのようでもあります。

バイトは学生だけでなく、主婦もいます。
各人が個々人の悩みを抱えながら、人間関係の問題ををくぐり抜けて、シネコンという職場の立ち位置に居場所を求めています。
その誰もが映画が好きであることが描かれており、彼らのシネコンに対する「映画愛」がこめられていることが伝わります。
映画がお好きな方でしたら、各人の「映画愛」に関するエピソードが楽しめるしかけが楽しめます。

シネコンにはもちろん社員もいますので、社員とバイトの間に流れている溝がみられます。
また、バイト同士の微妙な関係もあり、いろいろと考えさせられます。
郊外のシネコンですから、本社のある東京からきた社員との確執なども事細かく描かれています。
長く勤めているバイトの人たちと、新人との軋轢もあります。
実際にシネコンでバイトを体験した作者ならではの視点が活かされています。

物語には、数年前に起きたクリスマス・イブでの職場での或る出来事がミステリーの要素となって全体に流れています。
この出来事の謎の部分が最後にあかされる仕組みになっていますので、お楽しみに。

それぞれの人生をシネコンという共同の職場で、悩みながら映画に携わっている人々の生の声がよく伝わります。
各篇の最後は、なるほど、そのような道があったのか!ということも。

映画ファンにとりましては、シネコンの知られざるバックヤードがわかりますよ。
さらに、映画フィルムなどの技術変遷の歴史もわかります。
映画だけでなく、お仕事小説として捉えることができます。
映画ファンのみならず、これからシネコンでバイトする方や、映画関係で働く方には必読の書となりそうな小説だと凛は考えます。

作者の畑野智美氏は、映画館や出版社のバイトなどを体験されていらっしゃいます。
2010年、小説『国道沿いのファミレス』(集英社、2011年、のち集英社文庫、2013年)で、第23回小説すばる新人賞☆彡を受賞されて、翌年の2011年に作家デビューされました。
2013年、連作中編集『海の見える街』(講談社、2012年、のち講談社文庫、2015年)で、第34回吉川英治文学新人賞の候補となりました。
また、翌年2014年にも、連作短編集『南部芸能事務所』(講談社、2013年、のち講談社文庫、2016年)で、第35回吉川英治文学新人賞の候補となっていて、シリーズ化されています。
2018年、文藝春秋刊行の小説『神さまを待っている』は、読書メーター OF THE YEAR 2019にランクインしています。

あなたの今年のクリスマス・イブはいかがでしたか。
これからお正月を迎えて、お休みの方には映画を観る機会も増えそうですね。

凛は、これからは映画の旅を楽しむときに、影の力となってくださっている映画館のスタッフに優しく接していきたいと考えました。
決して、観たばかりの映画の最後について「あーあ、つまらなかった」などと言いながら、ポップコーンをポイと投げるようにスタッフに手渡すことだけはしたくないなと思います。
席でポップコーンを落とさないように注意したいですね。

この作品でシネコンのバックヤードも知ることができ、館内のスタッフに感謝しながら、これからも映画がますます好きになっていくことでしょう。

今夜も凛からあなたにおすすめの一冊でした。(^-^)

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

晩秋からブログの掲載が若干遅くなっておりまして、申し訳ございません。
今回が今年最後の更新となりました。
4月に立ち上げまして8ヵ月の間、凛にお付き合いくださり、誠にありがとうございました!
来年も続けてまいりたいと思っておりますので、今後も凛のりんりんらいぶらり~をよろしくお願いいたします!m(_ _)m

あなたもよいお年をお迎えくださいませ。\(^o^)/
お身体にはくれぐれもご自愛くださいませ。
あなたにとって、来年もよい年でありますように。
では2021年も南城 凛(みじょう りん)のりんりんらいぶらり~であなたとお会いしましょう。(^O^)/

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2020年12月11日金曜日

一歩前進したくなります! ~伊吹有喜『今はちょっと、ついてないだけ』(光文社、2016年、のち光文社文庫、2018年)~

こんばんは。
南城 凛(みじょう りん)です。
今宵も凛のりんりんらいぶらり~にようこそお越しくださり、ありがとうございます。
どうぞごゆっくりとおくつろぎくださいませ。(^-^)

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

今年も早いもので師走となりました。
街ではクリスマスのイルミネーションがキラキラ☆☆と輝いています。
クリスマスソングが流れて、クリスマス商戦たけなわですね~

凛は賑やかな街の様子を見て、クリスマスの楽しい気分に誘われました。
あなたはいかがですか。

凛はホッとしました。
理由は、新型コロナウィルスの影響が現在も継続中であるため、クリスマスなど例年通りに楽しんでよいものかという気分になっていました。
輝くイルミネーションの光☆☆を浴びて、心身とも明るくいきましょう。(^o^)

自粛などの影響もあり、業種にもよると思いますが、お仕事で大変な方も多くいらっしゃることでしょう。
これから経済的な面での影響が出てくるのではないかと思います。
中にはクリスマス気分どころではない方もいらっしゃるかもしれません。
元々、日本では暮れがおしせまると、どうしても気ぜわしくなりがちです。
さらに、今年は漠然とした不安感や、不透明感が伴って先が見えずにすっきりしない、という方もいらっしゃるのではないでしょうか。

読後に一歩前進できる小説が読みたいなあ。
ファイトが出る小説が読みたい。
明るく元気になれる物語と出合いたい。
爽やかな気分になれる小説が読みたい。

そのような作品をご希望のあなたに、凛が、主人公が厳しい現実から如何にして脱却していくのか、その過程を読ませてくれる小説をご紹介しましょう。
伊吹有喜(いぶき ゆき)氏の小説『今はちょっと、ついてないだけ』(光文社、2016年、のち光文社文庫、2018年)です。

あなたはこのタイトルに「ええっ?今がunluckyなのは嫌だなあ」と思っていらっしゃいませんか。
実は凛も最初、よく利用している近所の書店の文庫本の書架でこの本の背表紙を見たとき、すぐにそう思ったのです。
新刊本や話題の本など平積みされている目立つ棚のところではなく、出版社別に並べられている文庫本の書架の片隅にひっそりとこの本がありました。
「凛さ~ん!読んでください。手にしてください。楽しめますよ~」とこの本からビビビと熱いメッセージが伝わりました。

そっとこの文庫本を手に取ってみますと、表紙のカバーが丹地陽子氏のイラストでした。
表紙には、40代くらいの男性が野外で座って、珈琲のマグカップを持っています。
その横顔と背中に漂う空気感に、哀愁と未来が混濁した感じが含まれています。
何よりも男性の横顔に笑みが浮かんでいたので、よい未来が待っていそうな感じがしました。

文庫本の奥付を見ますと、2018年11月の初版で、2020年9月には第5刷の発行となっています。
増刷のペースが早いというのは、それだけ売れている証拠ですね!

第5刷の文庫本の帯の表表紙側には、「このコーヒーを飲んだら、もう一回、歩き出してみようか。」と。
帯の裏表紙側に記されている「人生の中間地点」にいる人たちであるからこそ「見えた」ものとは何でしょうか。

文庫本の裏表紙の解説文には、主人公の男性が「思いがけない人生の『敗者復活戦』に挑むことになる」物語であると説明されています。
なるほど、ここから市井の人々に読んで欲しい作品であることがわかりました。

目次を開きますと、7篇の物語と、文庫本の解説が文芸評論家の北上次郎(きたがみ じろう)氏ではありませんか!
これは読みごたえがありそうだなと思い、凛はすぐに書店のレジに向かいました。

物語は、立花浩樹(たちばな ひろき)という元・自然写真家の現在から始まります。
彼は華々しいメディアの世界で人気を博した「『ネイチャリング・フォトグラファーのタチバナ・コウキ』」(文庫本、20頁)という過去をもっています。
1980年代後半に彼が東京の私立大学の学生のときに出会った所属事務所の社長が、彼のプロデューサーを手掛けていました。

しかし、バブルの終焉と共に、彼は連帯保証人であったため、社長の負債を負うことになってしまったのです。
どれくらいの借金があったのかは明確にはわかりませんが、返済し終えて、他人には言えない艱難辛苦を体験した過去を背負って、心身ともぼろぼろの状態で今に至っています。
華やかなメディアからは消えて、世の中の人々からは忘れられた存在となっています。

第一篇目は、現在の立花浩樹が主人公です。
地元に戻って荒れた生活ぶりが彼の表情や身体全体に表れており、輝かしい過去と現在との比較が容赦なく描かれています。
彼の母親の息子に対するもどかしい気持ちと、母親の友人とその息子との関わり方が非常に現実的で厳しく、読者も苦しくなります。

母親の友人の写真を撮影することがきっかけとなり、彼は再び東京に出ることになります。
そのとき、母親が彼にかけたひと言、これはあなたが読まれてのお楽しみにとっておきましょう。(^_-)-☆
読者にもよい展開となる予感を抱かせます。

第二篇目からは、彼をめぐる人々が各篇で主人公となった連作長編です。
これ以降、立花浩樹が脇役となるのが、この作品の特徴です。
それぞれの登場人物の「現実の厳しさ」がこれでもかというくらいに連打されます。

目黒区の『ナカメシェアハウス』(同書、96頁)に住むことになった彼と住人たちの関わりは、必然性ともいえるでしょう。
第二篇目では、立花浩樹の母親の友人の息子のシビアな結婚生活が描かれています。
第三篇目では、美容のスペシャリストを目指している女性に、作者は容赦なく厳しい現実を突きつけます。
この二篇で、厳しい現実の中において彼らが獲得してきた職業的特性を、写真家である立花浩樹を中心にして活かされていくのです。
この過程がぐいぐいと読者を引きつけてくれます。

第四篇目は、希望する結婚を目指すために、立花浩樹から写真を撮ってもらった女性のおかれた現実と海外旅行での甘い夢が愛おしくなります。
第五篇目は、大学で立花浩樹と同じ探検部に所属していた仲間だった男性の郷愁が切なく描かれています。
第六篇目で、大学の元仲間の男性は愛犬と共に、立花浩樹と野外活動で大活躍します。
ここまでで、人生の再生には人とのつながりが必ず必要であることと、人生の折返し地点に立ってからは、激変し続けている現代において、これまで生きて来た時代の価値感の共有が特に必要なのだと作者が描いていると、凛は考えました。

そして、第七篇目は、立花浩樹が再び登場しますが、一体彼はどのような行動をとるのでしょうか。
最後に、第一篇の母親からのひと言からの呼応として、素敵な言葉が描かれています。
これもあなたが読まれてからのお楽しみにとっておきましょう。(^_-)-☆

作者の伊吹有喜氏は、2008年、永島順子の筆名で応募した小説「夏の終わりのトラヴィアータ」で第3回ポプラ社小説大賞特別賞☆彡を受賞されました。
2009年、筆名とタイトルを改めて、小説家デビューされました。
この作品は、伊吹有喜として『風待ちのひと』(ポプラ社、2009年、のちポプラ文庫、2011年)で刊行されています。

2010年、小説『四十九日のレシピ』(ポプラ社、2010年、のちポプラ文庫、2011年)では、2011年にNHKBSプレミアムでドラマ化がされています。
主演は、和久井映見さんです。
また、同作品は2013年には映画化もされて、タナダユキ監督で、主演は永作博美さんです。

伊吹氏の作品は、各文学賞の候補となっています。
2014年、小説『ミッドナイト・バス』(文藝春秋、2014年、のち文春文庫、2016年)が、第27回山本周五郎賞の候補、並びに第151回直木三十五賞の候補となっています。
そして、2018年に映画化されており、竹下昌男監督で、主演は原田泰造さんです。

2017年、小説『彼方の友へ』(実業之日本社、2017年)で、第158回直木三十五賞の候補、並びに第39回吉川英治文学新人賞の候補となっています。

2020年、小説『雲を紡ぐ』(文藝春秋、2020年)で、第163回直木三十五賞の候補となりました。

さらに、小説『カンパニー』(新潮社、2017年、のち新潮文庫、2019年)は、2018年に宝塚歌劇団月組公演で舞台化されました。
この作品は、2021年の1月から、NHKBSプレミアムドラマで、主演が井ノ原快彦主演でドラマ化される予定です。
以上のことから、伊吹氏は大変ご活躍されている実力のある作家であることがわかります。

文庫本の解説は、北上次郎氏です。
他に、目黒考二・群一郎・藤代三郎などの筆名で、私小説、文芸評論、競馬評論などで精力的にご活躍されていらっしゃいます。
2001年に、本の雑誌社を、椎名誠氏らと設立され、初期には群ようこ氏一人が社員でした。

文庫本の解説では、さすがに大御所の書評家らしく、伊吹氏の著作リストを挙げて、番号をうって整理されていらっしゃいます。
各作品をわかりやすく解説されて、最後に共通点をきちんとまとめてあるので、凛はさすがだなと感心いたしました。
北上氏の解説も是非お楽しみに~ (^o^)

バブル期を若い青年期に体験した40代の主人公はじめとする登場人物たちの現実の姿を、等身大として描いているからこそ、多くの読者に共感を得ているのだと凛は考えます。
若さもありますが、これから老いについても考えていかなければならない年代であります。
社会の現役世代として活躍を期待される彼らに、作者は寄り添っています。

また、作者はバブル期に流行したトレンドを上手く登場させており、その共感性がもうひとつの柱となっているとも凛は考えました。

仕事、離職、結婚、離婚、家族、介護、老後、借金、住宅、転落、恋愛、友情、そして、郷愁。
これらの問題を体験して、それぞれに過去を清算していく40代の再生の物語です。

読後感はすっきりとして、あなたも一歩前進したくなりますよ!\(^o^)/
爽快感が体験できます。
伸びしろが大いに期待できる伊吹有喜氏、これからも注目したい作家の一人です。

今夜も凛からあなたにおすすめの一冊でした。(^-^)

☆☆☆2021.1.15追加☆☆☆
追加情報で~す!
この作品は映画化されます!\(^o^)/
全国の4カ所でロケです。
監督は、柴山健次氏で、脚本も担当されます。
詳細は、こちらです!
Zipang
今年の秋以降の上映予定です。
お楽しみに~(^o^)
☆☆☆追加はここまで☆☆☆

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2020年11月27日金曜日

「家で暮らす」ということ ~長嶋有『三の隣は五号室』(中央公論新社、2016年、のち中公文庫、2019年)~

こんばんは。
南城 凛(みじょう りん)です。
今宵も凛のりんりんらいぶらり~にようこそお越しくださり、ありがとうございます。
と共にどうぞごゆっくりとおくつろぎくださいませ。(^-^)

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

大変ご無沙汰いたしております。
お久しぶりでございま~す。

凛のりんりんらいぶらり~をお休みしておりました。m(_ _)m
凛は今年の4月にブログのりんりんらいぶらり~をたちあげまして、おかげさまで第20弾まで続けてまいりました。
ここ最近、私的なことで忙しくなり、りんりんらいぶらり~はしばらくお休みさせていただいておりました。まことに申し訳ございません。
その期間も多くの方々にご閲覧に訪れていただき、誠に感謝しております。
ありがとうございます。m(_ _)m

おかげさまでしっかり充電させていただきました。
凛も風邪などもひかず、元気ですよ~ 
今後は極力休まず続けていけるように努力いたしたいと思っています。
これからも凛をよろしくお願いいたします。(^o^)

季節は移ろいまして、晩秋から冬を迎えるようになりました。
11月も下旬です。
今年もあと1ヵ月と数日になりました。
時間の経つのは早く、あっという間ですね~ (^-^;

これから街中が忙しくなりますので、どうしても気ぜわしくなりますよね。
新型コロナウィルスの感染者も増えているようです。
体調管理にはくれぐれも注意していかなければと思っています。

あなたはお引越しの経験がおありですか。
凛は数回ありますよ~
中には生まれてからずっと同じ家にお住まいの方もいらっしゃるでしょう。
引越しの有無、賃貸住宅や分譲住宅、戸建てやマンションなどに関係なく、屋内で過ごすことは同じですよね。

今年は新型コロナウィルスの関係で自粛を求められ、お家で過ごす時間が増えた方も多いのではないでしょうか。
「家で暮らす」ということは、起きてから寝るまでのあらゆる場面を「家屋」という形状の中で生活をすることであり、連続して続きます。
それが生きていくことであると凛は考えます。

それは、同居するご家族がいる、いないにせよ、同じです。
つまり、人が屋根の下で過ごすことですね。
その連続性が「家で暮らす」ということであり、「生きていくこと」であります。

「いえ、私は食事はほとんど外で済ませていますので、帰宅したらあとは寝るだけですから、暮らすなどというほどの大げさなことではないんですよ~」
「家屋といってもワンルームマンションなので、部屋が狭いですし~」
という方もいらっしゃることでしょう。
しかし、例え寝るだけのために帰宅しても、家の中での細かい家事は必ずありますし、お部屋の面積などにも関係なく、屋内でやらなければならないことは多々あります。

あなたはお家の中で気になることがありませんか。
凛にはたくさんあります。
具体的に、家の中で暮らすことで気になる点を挙げてみましょう。

水道の蛇口のレバーがゆるくなって使いづらくなってきた。
エアコンの室外機の音が大きくなってきたので、ご近所の迷惑にならないか気になる。
台所の換気扇の汚れが気になる。

電気製品を一度に使い過ぎて、ブレイカーが落ちて停電にならないかと気にする。
大雨の時、屋根や出窓に雨粒が当たる音が気になって落ち着かない。
ドアの開閉時にきしみ音が出てきたので気になっている。

お隣や階上の住人の生活音が気になる。
風呂場のシャワーの出方が気になる。
大型車が通る度に窓ガラスのビリビリと響く音が気になる。

家電品を設置する時、延長コードを使ったほうがよいかどうか迷う。
フローリングの床につけた傷が気になる。
障子や襖の破れが気になっている。

断捨離を考えているが、押入の収納方法が気になって仕方がない。
効率的な動線ではないので疲れやすいのか、間取りがいつも気になっている。
電球の取り換えをしたいけれども面倒だ。

和室の畳のへこみが気になっている。
いつも転びそうになる場所がある。
今後のことを考えてリフォームをしたい気持ちはあるけれど、迷っているところである。

などなど、数えきれないほど気になることが出てくるものですね。(^-^;

今回は、「家で暮らす」ということをテーマにした小説をご紹介いたしましょう。
長嶋有氏の小説『三の隣は五号室』(中公文庫、2019年)です。
2016年、中央公論新社から単行本として刊行されています。
2016年、第52回谷崎潤一郎賞☆彡受賞作品です。

この小説は、賃貸アパート、第一藤岡荘の五号室に、半世紀の間に居住した初代から十三代までの各々の時代の住人たちと家屋や部屋や生活用品などとの関わりが描かれています。
五号室に焦点を充て、その部屋で暮らす人々の生活の様子が断片的に読者に伝わるように構成されています。

第一藤岡荘五号室は、二階建てアパートの二階の真ん中にあります。
一階は二部屋ですが、二階は三部屋となっています。

五号室の間取りは少し変わっているようです。
玄関のところに「玄関の間」があり、六畳と四畳半の和室、各和室には一間と半間の押入があります。
あとは台所、風呂、トイレがあります。
奥の六畳の和室には窓がついています。
玄関から入って、最も奥の六畳の和室に行くための動線が四通りあるのが、変わった間取りとして扱われています。

凛が持っている2019年12月刊行の文庫本の初版の帯には、「アパート小説の金字塔!」と紹介されています。
これまで人と人との関わりを描いた小説がほとんどの中において、「家で暮らす」ことに対する着眼点が異色といってよい小説でしょう。

長嶋有氏の着眼点が異色な点について、凛は三点、興味をもちました。

一点目は、第一藤岡荘五号室の半世紀にわたる歴代の住人の名前が数字で表されているので、読者に居住者の順番がわかりやすいことです。
しかも各居住者の居住年も示されているので、時代がわかり、内容が理解しやすくなっています。

居住者の初代は、藤岡一平(1966年~1970年居住)で、両親がこの第一藤岡荘の持ち主です。
二代目は、二瓶敏雄・文子夫妻(1970年~1982年居住)のご夫婦で、翌年、長男の瑛太が誕生します。瑛太はこの部屋で育ち、最も長く居住しました。
三代目は、三輪蜜人(1982年~1983年居住)。
・(省略)
九代目は、九重久美子(1995年~1999年居住)で、彼女が出た後で、リフォームされます。
十代目は、十畑保(1999年~2003年居住)はリフォーム後に居住しました。
・(省略)
最後の住人である十三代目は、諸木十三(2012年~2016年居住)です。

まるで半世紀分の年表が作成できそうです。(^-^)
凛は居住者たちの名前と居住年をメモをとりながら読みました。
決して居住者の名前及び居住年の順番に出てくるわけではありませんので、メモをとったり、付箋紙を貼りながら読むと理解しやすくなるかと思います。

居住者たちは、学生、夫婦、社会人、無職、職業不詳、外国人留学生など様々で、中には亡くなった方も数名います。

二点目は、文庫本の目次が最初に構成されていないことです。
文庫本では、本文はいきなり第一話から始まります。
第二話の最初に作品名と作者名を紹介した「扉」があり、第一藤岡荘五号室の「間取り図」の次に「目次」が入っています。

一般的には本編に入る前に目次などが構成されていますが、この作品では第一話が終わってから、第二話の前にこれらが挿入されています。
非常に珍しい構成ですね~
作品は全十話で構成されています。

三点目は、第一藤岡荘五号室に居住者が残した跡と、その後の居住者との見えない関わり方が楽しめたことです。
例を挙げますと、第六話の「ザ・テレビジョン!」(文庫本初版、113頁~138頁)のテレビとアンテナについてです。
作品は半世紀にわたっての話ですから、テレビの技術が進むにつれ、テレビやアンテナ線も変わっていきます。

初代の藤岡一平(1966年~1970年居住)は、アンテナ内臓の10インチの白黒ポータブルテレビを奥の六畳間で視聴します。
二代目の二瓶敏雄・文子夫妻(1970年~1982年居住)は、14インチダイヤル式テレビを六畳間で視聴します。
三代目の三輪蜜人(1982年~1983年居住)は、奥の間の六畳に引き込まれていたアンテナ線の銅線にケーブルを足して延長して、14インチのテレビとビデオデッキで映画放送を録画して、台所で視聴します。
四代目の四元志郎(1983年~1984年居住)は、アンテナ線を奥の六畳間に戻して、18インチテレビをリモコンで視聴します。

このように居住者各人の暮らし方や好みもありますが、時代とともにテレビ設置もそれぞれに変遷します。
加えて、その当時のテレビ番組も紹介されていますので、昭和から平成のテレビ番組史ともいえる一面があります。
このあたりがさすがにサブカルチャーの長嶋有氏ですね~

地デジ対応のアンテナ工事がされないままの物件となった第一藤岡荘の最後の住人である諸木十三(2012年~2016年居住)がどんなテレビで視聴したのかは、あなたが読まれてからのお楽しみにとっておきましょう。

文庫本の解説は、作家の村田沙耶香氏です。
村田氏は、『コンビニ人間』(文藝春秋、2016年、のち文春文庫、2018年)で2016年、第155回芥川龍之介賞☆彡☆彡を受賞されました。
彼女の解説文は、ご自身が納得しながら読者にわかりやすく表現されていますので、是非お楽しみに!(^o^)

作者の長嶋有氏は、2001年、小説「サイドカーに犬」(『文學界』2001年6月号〔文藝春秋〕)で第92回文學界新人賞☆彡を受賞後、作家デビューされました。
この作品は、第125回芥川龍之介賞の候補となっています。

翌2002年の小説「猛スピードで母は」(『文學界』2001年11月号〔文藝春秋〕で、2002年、第126回芥川龍之介賞☆彡☆彡を受賞されました。
この二作品は『猛スピードで母は』(文藝春秋、2002年、のち文春文庫、2005年)として刊行されています。

小説『夕子ちゃんの近道』(新潮社、2006年、のち講談社文庫、2009年)は、2007年、第1回大江健三郎賞☆彡の受賞作品です。
文庫本の解説は、1994年にノーベル文学賞☆彡☆彡☆彡を受賞された大江健三郎氏が担当されています。

長嶋氏の小説には映画化された作品もあります。
先に挙げた『サイドカーに犬』は2007年、根岸吉太郎氏監督作品で、竹内結子さん主演です。
また、2008年、『ジャージの二人』(集英社、2003年、のち集英社文庫、2007年)は、中村義洋氏監督作品、堺雅人さんと鮎川誠さん主演の映画で、父親と息子の役が評判となりました。

さらに、長嶋有氏は、ブルボン小林氏として漫画評論活動もされており、また俳人としても幅広くご活躍されています。

「家で暮らす」ことは、決して間取りの問題だけではありません。
台所のガス管のホース、ベランダに設置しているエアコンの室外機の位置、タンスの置き場所、シンクの下の整理、トイレの掃除、風呂の水漏れなどというように、物や建具などに細かな愛着を持つことでもありますね。
賃貸住宅の場合は、人が住んでいた痕跡を見つけると、居住者の直前に住んでいた「幻の人」として意識しますが、実は案外それ以前の居住者のことでもあったりして、長嶋有氏の繊細な視点に納得させられました。

凛は、この作品は、電気・ガス・水道のライフラインに携わる方の他、不動産業、建築や設備などの関係の方、引越し業者、ホームセンターに関わる方、そして家電に関わる方などにもおすすめしたいですね。
「住まうこと」に対して、半世紀に及ぶ技術革新が人々の暮らし方に大変影響を及ぼしていく様子がわかりました。

「家で暮らす」ということは、すなわち生活することに直結しています。
天井や壁、柱、また生活用品などの物との関わりについても、ひとつひとつに愛着を持って大切にしていきたいなと思いました。
それらの積み重ねが人生をつかさどっていくものなのだなと凛は考えました。
時代による生活スタイルの変遷も楽しめますよ~

今夜も凛からのおすすめの一冊でした。(^-^)

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(日本語)文庫-2019/12/19長嶋有(著)
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2020年10月20日火曜日

京都の絶品!究極のグルメ小説です

こんばんは。
南城 凛(みじょう りん)です。
今宵も凛のりんりんらいぶらり~にようこそお越しくださり、ありがとうございます。
どうぞごゆっくりとおくつろぎくださいませ。(^-^)

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

秋も深まってまいりましたね。
暑かった夏も過ぎ去り、温かさを求めたくなる季節になりました。
過ごしやくなった秋を満喫したいですね。
勉強、スポーツ、旅行、映画、美術、音楽、書道、もちろん読書、そしてグルメ!
あなたはこの秋に何に夢中になりたいですか。

実りの秋です。
美味しい食べ物がたくさんあなたを待っています。
凛も秋になると、ますます美味しい食べ物をいただきたくなりま~す!(^-^;

今年は新型コロナウィルスの関係で、ホテル、街のレストランや食堂、専門店など多くの外食産業の営業に多大な影響が及びました。
中には老舗の有名店が閉店となった事態も報じられています。
Go To イートなどの政策も行なわれております。
これまでの外食の概念が変わってきそうな感じもいたします。

自粛やリモートワーク、オンライン授業などにより、ご自宅で調理する機会が増えた方も大勢いらっしゃるでしょう。
あなたはお料理に興味がありますか。
凛は最近、炊飯器を新しく買い換えました。
只今美味しいお米の炊き方を研究中です。
自宅で調理して食事を摂るのは生活の上で基本であろうと思います。

しかし、何と言ってもプロの料理人の手による味を堪能するのは気分が違いますよね。
またはお仕事で外食をご利用されたり、お昼ご飯をお店でいただいたりする方も多いでしょう。
或いは夕飯をお店でお酒と共に楽しんだり、なじみのお店を予約したり、ガイドブックで美味しそうなお店を探したりする方もいらっしゃることでしょう。

ぶらりと歩きながら、一度も利用したことがなかったけれど、雰囲気がよさそうなお店だなと外から眺めて、思い切って「えいっ!」と気合を入れてお店のドアを開けて入ることもあるでしょう。
「いらっしゃいませ!」
ワクワク!これから新しい世界を体験するという期待感がありますよね!

それから旅に出て、ホテルや旅館はもとより、地元のお店で解放感に浸りながら、地元の食材を堪能するのは最高の贅沢ですね!

自炊と異なり、外食は、立地、看板、店構え、店内の雰囲気、価格、味、食材、食器類、人材、接客など、いくつもの要素をクリアして、そのお店とご縁をもつことの不思議さがあります。
お気に入りとなれば、リピーターとなって何度も足を運ぶことになるでしょう。
それにはやはりお料理の味が最も重要ではないかと凛は思います。
ご家庭では絶対に創り出せないプロのレシピがあってこその外食の楽しみでありましょう。

食欲の秋でもあることですし、美味しいグルメ小説を読んで楽しみたい!
凛はそのようなことを考えながら、近所の書店の新刊文庫本の棚で出合った本が今回のグルメ小説です。

柏井壽(かしわい ひさし)氏の短編集『祇園白川 小堀商店 いのちのレシピ』(新潮文庫、2020年)です。
この作品は、全部で六話で構成されています。
このうちの第二話から第五話までは、新潮社刊行の文芸誌『yomyom』vol.56(2019年6月号)~vol.58(2019年12月号)に連載されています。
第一話は、同社刊行の文芸誌『小説新潮』2019年3月号に掲載された短編1篇です。
第六話は、書き下ろし作品です。
単行本の刊行はなくて、文庫本の刊行となっています。

凛が書店で手にした2020年9月発行の文庫本初版の帯には、今やメディアで大活躍の放送作家、小山薫堂氏の推薦の言葉が掲載されています。
「京都通も唸る絶品のグルメ小説!(以下、省略)」(同書)とあり、なるほど京都が舞台のグルメに関する小説だということがわかります。
いやはや、これはプロの料理人にまつわる物語が読める期待感が大です!

文庫本の裏表紙の紹介文では、「絶品グルメ小説集」(同書)と書いてあります。
帯の裏には、「小堀商店が集めた、唯一無二のメニュー(以下、省略)」(同書)と書いてあります。
「京都」「祇園」「絶品グルメ」とまさに美味を追求するキーワードが連なって、これは面白い小説に違いないぞと思い、書店のレジに向かった凛でした。

先にご紹介いたしましたように、この作品は全六話から構成されています。
帯の裏表紙にメニューが紹介されています。
「うどんカレー」「鯖飯茶漬け」「明石焼」「まる(すっぽん)蕎麦」「もみじ揚げ」「南蛮利久鍋」(同書)

どうやら家庭ではなかなかできそうにないプロのメニューで、メニューを見ただけでも美味しそう!
これらのメニューを見ただけで「美味しそうだな!食べてみたいな!」とつぶやく凛でした。

読み始めますと、第一話が花街(かがい)の芸妓さんの京都弁で始まりますので、気分はすぐに京都への旅人になります。
芸妓さんのふく梅さんの言葉がとても柔らかくて、はんなりとした気分にさせてくれますよ。
京都の春から冬までを舞台に、四季折々の芸妓さんのしきたりなどについての説明もあります。
お料理を享受する側の目線だけでなく、プロの料理人の視点に立って描かれており、その世界の厳しさが綴られています。

「小堀商店」というのは、様々な事情を抱える料理人たちから、後世に遺したい遺産としてひとつのレシピを買い取るというシステムを掲げている非営利の組織です。
メンバーは、「洛陽百貨店」の元経営者である小堀善次郎がボスとなり、彼の元部下であり、現在は京都市役所の「なんでも相談室」に勤務する木原裕二、宮川町の芸妓さんのふく梅、「和食ZEN」の料理人である森下淳の三人で運営を担っています。
加えて、「和食ZEN」のスタッフの山下理恵が準構成員となっています。

料理店を営むには相当なエネルギーが必要なものなのですね。
今年は自粛もあって、新型コロナウィルスで外食に携わる方々の悩める問題が大きくクローズアップされました。

プロの料理人の方々には日頃から営業継続を疎外する様々な要因が伴います。
この要因とは、交通事故、病気、店舗の移転問題、後継者問題に加えて、昨今のグルメ通やメディアの取り上げ方に対する店主の考え方の違いや、次世代に愛されるため新メニューを考慮したい老舗旅館などの諸難問です。
各篇の中で、それぞれの難問が彼らの前に大きくたちはだかります。

さらに、小堀善次郎の百貨店時代における全国の物産展にまつわる事件が絡む話も出てきます。
高級店や老舗店だけではなく、低価格の大衆食堂も登場し、美味しいとお客さんに評判の人気店ばかりです。
凛は、どのお店にも行って食べてみたい!と強く思いました。

小堀善次郎を中心とするメンバーで、これらの悩める料理人たちの話を聞き、レシピを買い取るのですが、その前に料理人たちはメンバーの前で調理をしなければなりません。
彼ら全員から「美味しい!」という満足感と、遺産として充分価値のあるレシピであるというお墨付きを得なければ、レシピ買取の契約は成立しません。

決定を下すのは小堀善次郎です。
まるで大岡裁きのようであり、実に「お見事!」という判定には唸らせてくれます。
人生を賭けた難問を前にして、料理人たちと「小堀商店」のメンバーとの対峙する場面の緊張感が読者にぴりぴりと伝わります。

様々なメニューのレシピについて、非常に細かく説明がされています。
読んでいて、明らかに家庭料理とは一線を画していると思われますが、美味しい秘訣が随所に込められていますので、お料理にご興味のある方には参考になる部分も大いにあるでしょう。

言えることは、プロの美味しいお料理には下準備に余念なく手も心もこめられており、料理に対する愛情が非常に繊細であるということです。
お店に足を運んで、「美味しい!」と思ってお金を出して喜んで食べてくださるお客様のお顔を思って、料理に愛情を注ぐプロの料理人たちのレシピを遺して欲しいと願わずにはいられません。(^-^)

作者の柏井壽氏は、京都市内で歯科医院を営んでいらっしゃる傍ら、小説やエッセイも執筆されています。
文庫の巻末の澤木政輝(さわき まさてる)氏(毎日新聞記者、京都芸術大学非常勤講師)の解説によりますと、柏井氏の小説には実在する名店が登場することもあるし、または仮名の場合もあると説明されています。

柏井氏は、桂木圭一郎(かつらぎ けいいちろう)のペンネームでも小説を執筆されています。
『名探偵・星井裕の事件簿』はシリーズ化されており、『京都大文字送り火 恩讐の殺意』(小学館文庫、2008年)をはじめとするミステリー小説が多く刊行されています。

また、本名である柏井壽(かしわい ひさし)の名義では、エッセイやガイド本を執筆されており、京都の観光案内に寄与されています。
『京都の通りを歩いて愉しむ〈通〉が愛する美味・路地・古刹まで』(PHP新書、2019年)など多く刊行されており、京都のカリスマ的案内人としてご活躍されています。
柏井壽名義での小説『鴨川食堂』(小学館、2014年、小学館文庫、2015年)シリーズ化されています。

「小堀商店」については、前作の短編集『祇園白川 小堀商店 レシピ買います』(新潮文庫、2018年)も合わせて読みたいですね。
とびきりのレシピに、あなたも読者審査員となって対峙するのも楽しいでしょう。

読了後は、帯の小山薫堂氏の推薦の言葉が納得できます。
きっとあなたも「うどんカレー」と「カレーうどん」の違いがわかるようになりますよ。

それにしても、芸妓さんのふく梅さんの実に細やかな心遣いには感服いたします。
ふく梅さんはきっとお着物が似あって所作も優雅で、お綺麗なのでしょうね。
凛もふく梅さんにお会いしたくなりました。(^o^)
一見さんは無理なのでしょうけれど。

凛も京都を旅して、はんなりとした味、上品な味を堪能してみたくなりました。
それから、京都から近場の旅の他に、佐賀県唐津市までの旅もあり、観光案内もしっかりと込められてますよ。
グルメに、旅、京都案内も合わせて、究極の絶品!グルメ小説を、秋の夜長にあなたも楽しまれてはいかがでしょう。

今夜も凛からのおすすめの一冊でした。(^-^)

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2020年10月8日木曜日

名作と医療小説が同時に楽しめます

こんばんは。
南城 凛(みじょう りん)です。
今宵も凛のりんりんらいぶらり~にようこそお越しくださいましてありがとうございます。
と共にどうぞおくつろぎくださいませ。(^-^)

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

秋も深まってきましたね。
朝晩はだいぶ涼しくなってきました。
あなたはお風邪などひかれていらっしゃいませんか。

今年は新型コロナウィルスの影響で、例年よりもさらに健康に留意されていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。
入店時などアルコール消毒や体温チェックをする機会も随分増えました。
相変わらずマスクは必需品です。
普段の暮らし方も昨年とは様変わりしましたね。

あなたも日常的に健康に気をつけていらっしゃることでしょう。
学校や職場での健康診断や人間ドックなどで判明した数値とにらめっこしながら、気をつけるべき点をかかりつけ医とご相談されていらっしゃいませんか。

まずは毎日の食事の面から、栄養を考えることは必須でしょう。
また、サプリメントをとりいれたり、運動などで日頃から健康を意識していらっしゃることでしょう。
次に、気持ちを明るくして、ポジティブに考えることも必要です。
さらに、計算をしたり、記憶力を高めるための努力も求められましょう。

しかし、いくら健康に気をつけてはいても、様々な病に罹患することがあります。
伝染性の疾患だけでなく、日々の暮らし方による生活習慣病もありますし、遺伝的な要素を含めての病気もありましょう。
意図しない癌などがそろりそろりと知らないうちにしのびよってくることもあります。
或いは、不慮の事故などによる怪我もあります。
目や歯科の検査や治療も大事ですね。

加えて、高齢化社会が進んでいる社会では、認知症などの問題もあります。
ご自分の健康だけでなく、近年は高齢者の介護も深刻です。
介護難民や介護離職、老々介護なども社会問題化しています。
若い世代の人口減により、高齢者を支えていく社会において考えるべき課題が多々あります。
我が身が高齢になってどこでどのように過ごすのか、日頃から考えておかないといけないとは頭の中で理解はしていても、なかなか簡単には結論を出せずに迷いが生じて、逡巡しながら時だけが経っていくようにも思えます。
これらの問題のひとつひとつをクリアすることが、安心して暮らせる社会をつくることになります。
なかなか難しいものですね。

実際に医療従事者の視点ではどう考えていらっしゃるのでしょうか。
現実に日々患者さんやそのご家族とどのように応対されていらっしゃるのでしょう。
果たして、医者としての本音は?
医者個人としての考え方と、病院という組織や、医学界という大きな枠組みの中での考え方には違いがあるのでしょうか。
などと凛はしばしば疑問に思うのですが、あなたはいかがでしょうか?

このような深刻になりがちな医療の諸問題を、医者の観点から描いた医療小説があります。
今回、凛がおすすめするのは、一般的な医療小説ではなく、有名な文学作品をパロディ化した小説で、基になる文学作品と二重に楽しめる作品です。
久坂部羊(くさかべ よう)氏の短編小説集『カネと共に去りぬ』(新潮文庫、2020年)です。
この作品は、2017年に新潮社より単行本として刊行されています。

まずは表題の『カネと共に去りぬ』には、1939年に公開されたアメリカ映画の『風と共に去りぬ』(ヴィクター・フレミング監督)をすぐに思い浮かべる方がほとんどでしょう。
映画は日本では1952年に公開されました。
原作は、マーガレット・ミッチェル氏の長編小説で、1936年に出版され、翌年の1937年にピューリッツァー賞小説部門の受賞☆彡☆彡☆となっています。

最近、よく利用するようになった老舗書店の文庫本新刊の棚でこの文庫本を発見したとき、凛は思わず微笑んでしまいました。(^-^)

その理由は、表紙に興味をひかれたからです。
2020年8月に刊行された文庫版初版のカバー装画は浅賀行雄氏のものです。
表紙が映画のポスターのようになっています。

表紙は、レッド・バトラーに似たようなご高齢の男性が、ケイティ・スカーレット・オハラに似たような深紅のドレスをまとったご高齢の女性を抱えている絵です。
表紙の下の方には、「列戸馬虎」「小原紅子」の他に、「入楠明日礼」「入楠女良」「玉井安子」と書かれてあります。
「原作 久坂部羊」で、「配給 新潮文庫」と書いてあります。
まさに映画のポスターのようで、小説のファンのみならず、映画ファンにもなじみやすいように工夫を凝らしてあるのがわかります。

また、帯の表には「劇薬医療エンターテインメント!」と凛のアンテナをピピピと刺激してくれる紹介がなされていましたので、そのまま書店のレジに直行いたしました。

この短編集には、7編の短編小説が収められています。
「医呆人」
「地下室のカルテ」
「予告された安楽死の記録」
「アルジャーノンにギロチンを」
「吾輩はイヌである」
「変心」
「カネと共に去りぬ」
以上の7篇です。

この中で、あなたはいくつの名作がおわかりになられましたか。
文庫本の最後に、書評家の大矢博子氏の解説が掲載されています。
その解説の中にも、各短編の元になった名作の7人の作家の名前が紹介されていますので、ご一読ください。

凛がこの短編集を読んで、久坂部羊氏という作家の、医療と文学に対して真摯に向き合っている姿勢に感心した点が二点あります。

第一は、医療の点です。
凛は、どの短編にも「あらまあ、なるほどそうだったのか!」と医者の本音が率直に描かれていることに感心しました。
もちろん医療従事者としての久坂部氏個人のお考えであって、全ての医者がこのように考えていることではないと考えられます。
しかしながら、社会では本音と建て前がある中で、患者の生命に対する尊厳というものが大前提にありますから、医療現場ではなかなか聞くことができない話でしょう。

第一篇目の「医呆人」は、1942年に刊行されたアルベール・カミュ氏の『異邦人』(窪田啓作訳、新潮社、1951年のち新潮文庫、1954年、改版、2014年他多数)が元になっています。
亡くなられた患者の真万(ママン)さんの死について、主人公の村荘(むらそう)医師はご遺族の息子さんに向けて、真万さんの死を肯定する言葉を放ちます。
上司である外科部長や医長が激怒するのは当然でしょうね。
それは、今後の病院運営が絡むことが理由で、医師の評価や出世、世間の評判、ご遺族からの訴訟など複雑な問題が根底に流れています。
しかし、村荘医師は彼らにも実にそっけない態度を貫きます。

ここでは村荘医師の医者としての本音と、上司たちの建て前との対比がよく描かれています。
医師が患者に寄り添うこと、患者とご家族の立場を理解すること、患者が苦しまないこと、患者やご家族の不安を払拭すること、検査と治療を繰り返すことなどについての課題が挙げられています。
それらの課題に対して、医師としての久坂部氏の意思が反映されているものであると、凛は考えます。

1957年にノーベル文学賞を受賞☆彡☆彡☆彡されたカミュ氏の不条理小説と呼ばれる代表的な小説『異邦人』のムラソーと同様に、この村荘医師は周囲に対して常に温もりに欠ける態度をとります。
そして、ショッキングな結末を読者に提供します。

第二に、文学に対する視点です。
凛は、これらの7篇の短編が、各文学作品ごとに原作を重視して、描き方もそれぞれに細部にわたり変えていることで、七つの違う小説として充分楽しむことができました。

例を挙げますと、第5篇目の「吾輩はイヌである」は、夏目漱石氏の長編小説『吾輩は猫である』が基盤になっていることはおわかりの方も多いことと思います。
この作品は、夏目漱石氏にとって処女小説であり、俳句雑誌の『ホトトギス』に、1905年(明治38年)の1月から翌年の8月まで連載されました。
のち1905年、夏目金之助『吾輩ハ猫デアル』上巻が大倉書店より刊行され、1906年に同書店から中巻、1907年に同書店から下巻だけでなく、他多数刊行されています。

久坂部氏の「吾輩はイヌである」のほうですが、ビーグル犬の「マダナイ」(文庫版、198頁他)という名前が主人公になっています。
書きだしが夏目の小説と非常によく似ています。
そして、夏目氏の猫のほうの小説が第十一話で終わるのと同様に、久坂部氏のイヌの小説も十一で終わっています。

ビーグル犬の「マダナイ」は動物実験用として生を受けています。
大学病院の循環器内科の医局に売られてきて、収容施設で同じビーグル犬の先輩から自分たち実験用動物の行く末を教えられます。

「マダナイ」は「幸運の星」(同書、205頁)と呼ばれ、新しいゲージに移されて、何やら怪しげな実験を受けるのです。
「マダナイ」は実験で具合が悪くなっても、治すのが目的なのだからと希望をもち続けています。
この研究室に出入りする医師たちの名前も非常にユニークです。

そして、彼らの日頃の会話から垣間見える医療現場の実態について、「マダナイ」はゲージの中で見聞きし、理解していきます。
ある時は彼らに共感し、またある時は彼らの関係生を皮肉に思いながら、「マダナイ」は医学界における様々な側面に対して冷静に受け止めていきます。

最後の十一では、、
凛はこれが実に切なくなって、胸にジーンときてしまいました。

作者の久坂部羊氏は、医者であり、作家です。
外科医、麻酔科医を経て、外務省に入省、在外公館で医務官を務められました。
のちに作家になられ、2014年、長編小説『悪医』(朝日新聞出版、2013年、朝日文庫、2017年)で、第3回日本医療小説大賞を受賞☆彡されました。
医師として務めながら、多くの小説を創作されていらっしゃいます。
長編小説『神の手』(上・下)(日本放送出版協会、2010年、幻冬舎文庫、2012年)など、のちに映像化された作品もあります。

久坂部氏は短編集『芥川症』(新潮社、2014年、新潮文庫、2017年)でも文学作品を基にしてパロディ化した医療小説を創作されていらっしゃいます。
医療業界の闇と光を、大衆にわかりやすくそれらの実態を医師としての視点から訴えていらっしゃる姿勢に、文学作品としても決してエピゴーネンではないことがいえましょう。

また、久坂部氏は本名の久家義之氏として、『大使館なんかいらない』(幻冬舎、2001年、幻冬舎文庫、2002年)などのエッセイも出版されていらっしゃいます。

誰しも健康を大切にと願うのは同じでしょう。
この短編集を読んで、凛も生命の尊厳とは何かなど、様々なことを考えされられました。
医療小説として、また文学作品として二重に楽しめる短編集です。

今夜もあなたにおすすめの一冊でした。(^-^)

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(日本語)文庫-2020/7/29久坂部羊(著)
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2020年9月27日日曜日

昭和歌謡と恋愛模様

こんばんは。
南城 凛(みじょう りん)です。
今宵も凛のりんりんらいぶらり~にようこそお越しくださり、ありがとうございます。
どうぞごゆっくりとおくつろぎくださいませ。(^-^)

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

あなたは歌謡曲がお好きですか。
カラオケで思い切り歌うのはお得意ですか。
昨今は新型コロナウィルスの影響で、一時期はカラオケも自粛の対象となり、なかなかカラオケで発散できないとお嘆きでいらした方も多いかと思います。

「歌は世につれ、世は歌につれ」
と申しますが、これはカラオケに行くとよくわかります。
気持ちよさそうに得意な歌を歌っている方の年代が、歌に反映されていることが多いですね。

特に、若い頃に流行した歌はいつまでも忘れられないものだと、往年のカラオケファンから聞いたことがあります。
それらには恋愛を伴った歌が多く、若い頃の苦い思い出、またはとても楽しかった思い出などがしっかりと歌と共に心の深部に刻まれているからでありましょう。

昭和の時代に大流行した歌は世相を反映したものが多いです。
演歌だけでなく、GSの歌、アイドルの歌、フォークソングなど音楽のジャンルはもっと細分化されますが、とてもメロディアスでなじみやすい歌が多いですね。
歌いやすい、覚えやすい、口ずさみやすい。
歌詞が生活に密着しているのか、人々の琴線に触れて心の深部に共鳴するからでしょうか。

中には歌いながら踊れる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
テレビ画面から得た歌手の振り付けをまねて、ポーズを決めたりして!(^_^)v

昭和の戦後の時代は、平成から現在の令和のインターネットの時代と異なり、若者たちの歌が世界的に重要なメッセージの役割を担っていました。
アメリカのロック歌手のエルビス・プレスリー、イギリスで誕生したロック・グループのザ・ビートルズやザ・ローリング・ストーンズ、アメリカのマイケル・ジャクソン、フォーク歌手のジェイムス・テイラー、二人組のサイモン・アンド・ガーファンクルなどなど、それはもう数えきれないくらいの地球規模の大スターたちが、世界中の人々にメッセージを伝えました。
歌には男女の恋愛だけでなく、反戦、東西冷戦、人種などの政治性も込められているものもありました。
メディアの大衆化と共に、歌は大衆に浸透し、世界中に発展していきました。

日本でも多くのスター歌手が誕生しました。
年末大みそか恒例のNHKの紅白歌合戦に出場することは歌手たちにとって大きな目標でありましょう。
テレビやラジオの媒体を通して、常に歌が中心の時代でした。
歌番組が多く、ベスト10などのランキングは、日本全国の世代を超えた多くの老楽男女の関心の的となっていました。

このような昭和の時代に大流行した歌謡曲を基調にして、男女の恋愛模様を描いた短編集があります。
井上荒野(いのうえ あれの)氏の『あなたならどうする』(2020年、文春文庫)です。
この短編集は、2017年6月に、単行本として文藝春秋から刊行されています。

凛が持っている文庫版(2020年7月、第1刷)の目次を見ますと、

「人妻ブルース」
「時の過ぎゆくままに」
「小指の思い出」
「東京砂漠」
「ジョニィへの伝言」
「あなたならどうする」
「古い日記」
「歌いたいの」
「うそ」
「サルビアの花」

冒頭に「人妻ブルース」が掲載されています。
井上荒野氏の作品で、ひとつの歌詞の形態になっています。
初出は、『小説新潮』(2011年1月号、新潮社)です。

この作品の舞台は団地でしょうか。
八号棟、三号棟、四号棟、十一号棟などの奥さまたちが登場します。
井上氏は、人妻であるが故の心の襞の暗部に焦点を充てています。
昭和の時代と重なる表現を取り入れているようでいて、実はしっかりと現代の世相を表わしているものだと凛は思います。

あなたは「時の過ぎゆくままに」以下、9曲の歌のタイトルを見ただけで、すぐに「ああ!知ってる!あの歌手の歌だ!」と、当時の歌手の歌声や姿が甦り、そしてメロディに乗せて歌詞を口ずさむことができる歌が何曲ありますか。

あなたは当時の歌手の衣装や髪型、サビの部分の特徴、マイクの持ち方など事細かく覚えていて、「とても懐かしいなあ~」と目にうっすら涙が出たりしませんか。
平成生まれのお若い方ですと「聴いたことがあるけど、よくわからないなあ」と仰る方もいらっしゃるでしょうねえ。
凛にはすぐにわからなかった歌が2曲ありました。

凛が所有する文庫本初版の帯には「昭和歌謡曲の歌詞ににインスパイアされた9つの物語」と紹介されています。
音楽に詳しい方からみると、厳密にジャンル分けをするならば、9曲の全てを「歌謡曲」に当てはめることに難色を示される方もいらっしゃるかもしれませんが、この作品集では「昭和歌謡曲」として括られています。

短編集の各章には、最初に各歌の歌詞の一部が掲載されています。
歌い出しの部分であったり、サビの部分であったり、各歌ごとに異なります。
井上氏はこれらの歌詞の特徴を捉えて、男女の恋愛の機微を井上流の視点で的確に表現されています。
この手法については、恋愛小説を描かせたら間違いなく安心して読ませてくれる「大人の作家」である井上荒野氏だからこそできるのであろう、と凛は位置付けます。
平成の終わりに近い2017年に単行本が発刊されていますから、描かれている小説の時代は平成でありましょう。

しかしながら、登場人物や環境にその歌詞と密着できる舞台設定が施されており、昭和時代に創作された歌詞と現代の時代のずれもほとんど感じられません。
ですから、歌が大流行した時をご存じない方でも、違和感なく恋愛物語に入れますよ。

勿論お若い方には、昔の歌、或いはご両親や祖父母の世代が好きな歌として、「なるほど、今でいうとこんな設定になるんだなあ」などと、歌を先行になさって読まれるのも構いません。
それから、小説が先にあって、「この歌はそんな意味だったのかあ」など歌を後付けする読み方など、どうぞあなたのお好きなように、ご自由に読まれてください。

各章には、様々な登場人物とあらゆる環境設定に、趣向を凝らしてあります。
主人公は、各章ごとに男性もいますし、女性の場合もあります。
井上氏独特の鋭い視点で、彼らの心理をあぶりだして、ほんのちょっとした極小のずれに亀裂が生じていく瞬間と、そこから壊れていく過程を見事に描き出されています。
伏線もあって、最後には広げた風呂敷を畳んでいますが、それが無造作であったり、裂けたり、或いはほどけそうなほどに結び目が緩かったりと、畳み方の細部にも拘りがみられます。

「時の過ぎゆくままに」は、妻が癌治療で入院中の夫が主人公です。
彼は癌患者である妻の闘病を支えながらも、病院の喫煙所で夫が入院中の若い人妻と出逢ってしまい、二人は逢瀬を重ねていくのです。
退院した妻が、実にさりげなく夫に、自身のことを何と言ったのでしょうか。
それはほんの一瞬のことでしたが。
その瞬間の夫の心理状態に鋭いメスを入れる井上氏の視点は見事といえましょう。

当然ですが、相手の人妻にも過酷な現実がずっしりと背中を覆っています。
二人の目の前に迫ってくる壁が高くて険しいほど、それを乗り越えようと思うのでしょうか。
痴情におぼれた二人はこれからどうなっていくのでしょうか。
最後まで読むと、凛にはジュリーこと沢田研二さんの透き通った歌声が実に切なく聴こえてきました。

「ジョニィへの伝言」は、某地方で行なわれた歌の地区予選の選抜で選ばれ、東京決戦に出場した女性と、地元で鍼灸院を営む男性の話です。
プロダクションのマネージャーから声をかけられた女性は、「東京に住んでこれから歌で生きていく」と夢の実現が叶う転機を迎えたのですが。
女性が、目の前の現実を認めなければならない、決して後戻りはできない、前に進むしかないと悟る瞬間。

この章で凛が注目したのは、最後の四行(文庫版)です。
そして、最後の一文がキーワード。
凛には、高橋真梨子さんの情感をこめた歌声が胸にずうんと響いてなりませんでした。
それと同時に、この歌詞の全容を再確認せずにはいられませんでした。

「うそ」は、薬剤師の男性が主人公で、冷酷に次々と付き合う女性を変えていきます。
新しい獲物を捕らえるために、自分に都合のよい自己中心の考えで嘘を重ねます。
彼は付き合っている女性に対する興味は持続せず、すぐに飽きてしまうのです。

このような嘘を重ねていく男性は、新しい女性を獲得する過程が楽しいのではないでしょうか。
相手の女性への愛ではなく、欲望だけが全てであるような生き方を続けてきたのでしょう。
彼は実に行動的で、相手のことを冷静に観察しています。
一人でいる時間も必要なのではと凛は思いますが。
マイケル・ジャクソンの「スリラー」の洋楽が出てくるのも何かのメッセージかも……。
読み進んでいるうちに、中条きよしさんのソフトに歌う声が凛の耳元で聴こえてきました。

以上の三曲の他にも、某団体の一員として集団生活をしている男性のもとへ、ある日突然夫や子供のいる家庭を捨てて飛び込んだ主婦の話の「あなたならどうする」、振り込め詐欺の受け子と思われる若い男女を描いた「古い日記」など、現代社会の問題もえぐりながら、恋愛を成就しようと必死でもがいている人たちの話が出てきます。
どの登場人物も危うい立ち位置で、哀切極まる情感をもって、あなたにずっしりと重く恋愛の情景を突きつけます。

井上荒野氏は、1989年、短編小説「わたしのヌレエフ」で、第1回フェミナ賞を受賞☆彡されて、デビューされました。
この作品は、『季刊フェミナ』創刊号(1989年、学習研究社)に掲載されたのち、1991年に『グラジオラスの耳』の書名で福武書店より単行本として所収されており、2003年、光文社文庫から単行本と同じ書名で文庫化、所収されています。

2004年には小説『潤一』(2003年、マガジンハウス、2006年、新潮文庫)で、第11回島清恋愛文学賞を受賞☆彡されました。
そして、2008年、小説『切羽へ』(2008年、新潮社、2010年、新潮文庫)で、第139回直木賞を受賞☆彡☆彡されました。
その後も数多くの小説を受賞されていらっしゃいます。

小説家の井上光晴(1926~1992、いのうえ みつはる)氏のご長女で、小説、エッセイ、児童書などの翻訳も手がけるなど大変ご活躍されています。
本格的な大人の小説が描ける、まさに恋愛小説の名手としての地位を確保されていらっしゃいます。

文庫本の解説が、直木賞作家の江國香織氏と大変豪華です!
江國氏は、2004年、短編小説『号泣する準備はできていた』(2003年、新潮社、2006年、新潮文庫)にて、第130回直木賞を受賞☆彡☆彡されました。
お父さまが演芸評論家でエッセイストの江國滋氏(1934~1997)で、幼少期の頃から本に囲まれていたであろう井上荒野氏と似た環境のようですね。
お二人はとても仲良しなのでしょう。

江國香織氏も恋愛小説の女王として、多くのファンがいらっしゃいます。
同じ恋愛小説を描く女性作家の細部にわたる視点に、ああ、なるほど~とあなたも頷けるでしょう。
是非、文庫本の解説をお読みになられてくださいませ。

黄金の歌謡曲全盛の昭和という時代は、何て人々が歌と共に生きていたのだろうかと思わずにはいられません。
どろどろとした感情、どこまでも貫きたい欲望。
この作品で紹介された9曲は、メロディアスな曲調も加わって、カラオケで愛され続ける歌ばかりです。

井上荒野氏は、歌詞を見つめ、歌詞に触発されて、ご自身の才能をもってこれらの歌の世界に憑依されたのでしょうか。
どの恋愛も、表題の『あなたならどうする』につながるのです。
時代を超えて、小説と歌との融合を読者は体験できるのだと凛は思います。

これから秋が深まってゆきます。
読書の秋です。
秋の夜長に、井上荒野氏が提供する様々な恋愛模様を、昭和の歌謡曲と共にあなたもしっとりとご堪能されてみてはいかがでしょう。

今夜も凛からあなたにおすすめの一冊でした。(^-^)

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(日本語)文庫-2020/7/8井上荒野(著)
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2020年9月14日月曜日

仕事が単調だとお悩みのあなたへ、ミラクル・ワールド!

こんばんは。
南城 凛(みじょう りん)です。
今宵も凛のりんりんらいぶらり~にようこそお越しくださりまして、ありがとうございます。
と共にどうぞごゆっくりとおくつろぎくださいませ。(^-^)

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

あなたはお仕事に従事されていらっしゃいますか。
毎日の労働の中で、ルーティン・ワークで繰り返される業務、職場と自宅の往復ばかりで何にも新しい感動や出会いなどないなあ、楽しいことがないなあと思われることはありませんか。
日々の仕事に対する思いが少しずつ鬱積して、思い悩まれることはありませんか。

最近は新型コロナウィルスの関係から、新しいワーキング・スタイルとしてリモート・ワークを採用している企業もあります。
しかし、職場と自宅の往復の通勤の疲れは免れていても、今度は自宅で一日を過ごすことの新たな問題も報じられています。
そのため、郊外の広い住宅が新たな不動産の市場として注目されてきています。
それに伴い、快適なリモート・ワークに適した間取りや衣類なども人気が出ています。

このような労働環境の変化が新たな時代への転換期となるのか、否か。
果たして数年後には、就労者にとってどのような形態を成しているでしょうか。

ここで少し想像してみましょう。
もし、あなたのお仕事の一日が終わるまで、ことあるごとに非日常の世界が繰り広げられるとしたら。
一日のぞれぞれの時間帯で、奇想天外でミラクルな世界があなたを待ち受けていたとしたら。
あなたは楽しめることができますか?
それとも、どんな反応を示されるでしょうか?

まさにそのようなお仕事小説があります。
お仕事小説とはいっても、具体的な業務遂行の物語ではありません。
主人公がある瞬間から全く異質な世界へと転じる物語で、それはまさに「想定外」な世界が繰り広げられます。
純粋に創作物語であるフィクションとして、あなたにミラクル・ワールドを存分に楽しみいただきたいと思います。

今回の作品は、青山七恵氏の連作短編集『踊る星座』(中公文庫、2020年)です。
2017年に中央公論新社から単行本として刊行されています。
作品は13の短編小説で連作となっています。

主人公の「わたし」はダンス用品の会社でセールスレディとして外営業を担当している女性です。
この「わたし」の子供の頃のエピソードから始まり、通勤電車の中や、社内での様子、地下鉄構内、顧客の家やダンススクール、取引先の倉庫、移動中のタクシー、会社主催の会食のレストラン、夜の公園などこれだけを挙げますと、営業職の業務として納得できる状況であると頷ける方も多いでしょう。

「わたし」は真摯に仕事に向き合う真面目な女性です。
ところが、ふとした瞬間から、日常の場面から非日常への場面へと状況がいきなり変化するのです。
それは主として、「わたし」の周囲の人々の変化にあります。
一般常識では理解不能な人たちが「わたし」に向かってきます。
瞬間的に突如眼の前の事象が想定外の事象へと変化したことに気づきながらも、「わたし」はその変化にすら真摯に向き合うのです。
つまり、「わたし」は非日常を受け入れ、咀嚼し、消化していこうとするのです。

眼の前に生じた急激な変化とは実に様々です。
不可思議だと思える人たちがいきなり目の前に現われて、「わたし」に近づいてきます。
これらの人たちの言動や行動は「わたし」及び読者がこれまで常識的だと思っていたことを悉く破壊します。
彼らは、読者や「わたし」が抱いた「え?そんなはずはないだろう?」という驚きや疑問すら簡単に打ち消されてしまうほど、強く非常識な事柄を押し通します。
言い換えれば、今「わたし」が生きている世界における非常識の価値観を、常識的な価値観へと転化していく過程が描かれているといえます。

以下で、凛が「わたし」の前に現れる不思議な人たちを少しだけご紹介しましょう。

例えば、第3章の「スーパースター」では、図書館から借りた図書を各駅停車の電車内で読んでいる「わたし」が、眼鏡の女性が隣に座っていることに気づきます。
その女性との会話が実に奇妙で、本当は本の世界を楽しみたいところだけれども、仕方なく女生徒の会話にお付き合いしなければならない「わたし」がいます。

第6章の「ハトロール」では、取引先の衣料問屋の倉庫を訪問すると、高齢の女性が倉庫番と称して登場し、何かと上から目線で「わたし」を叱りつけます。

第8章の「妖精たち」では、顧客先であるフラメンコスクールを訪問すると、いきなりダンス講師の男女の激しい恋の終焉を見せつけられる「わたし」がいます。

この章までになると、「わたし」の行く先々に「次は何が出てくるのか。どんなミラクルな世界がきても驚かないぞ!」というような期待感を読者にもたせてきます。
突如として現れる「想定外」の出来事も、またそれに瞬時に対応する「わたし」にも感心しながら、どんどん先が気になった凛でした。
凛が持っている文庫本の初版の帯には、「キレてますけど、元気です!」と紹介されています。
なるほど「わたし」は常に元気に対応しており、凛は実に誠実で爽やかなセールスレディの姿を思い浮かぶことができました。

第9章の「テルオとルイーズ」では、移動中のタクシーの車内で、時間がないと焦る「わたし」に、急にある提案を告げるタクシー運転手に驚きながらも、「わたし」の心は揺れながら、しかし運転手に素直に反応していくのです。
その時の「わたし」の思考回路が実に切なく感じてしまうのは、凛だけではないかもしれません。

「わたし」には家族がいて、仕事だけでなく、家族の悩みにも付き合わなければなりません。
それは第10章の「お姉ちゃんがんばれ」というタイトルからも想像できます。
何事も真面目で真摯に取り組む「わたし」としては、休日までも頑張らなければならないという家族構成になっています。

そして、作品の終わりに近づく第12章「ジャスミン」で、「わたし」は二体の生物と出合い、自己の運命に天を仰ぎ見ます。
圧巻は、ここで「わたし」の仕事や人生に対する本音が描かれているのだなと凛は捉えました。
凛は、作者が「わたし」の仕事や人生に対する本音を最もここで主張したいがために、これまでの奇想天外な世界を創造して、読者に突きつけていったのではあるまいかと考えました。
この章で、タイトルの『踊る星座』が理解できる構図になっているのではないでしょうか。

最終章の「いつまでもだよ」には「わたし」の子供時代が描かれており、第1章の「ちゃぼ」に戻れば、さらにこの作品のタイトルにも納得できましょう。

文庫本の巻末には、2014年、小説「穴」(『穴』〔新潮社、2014年、2016年、新潮文庫〕)で、第150回芥川龍之介賞☆彡☆彡を受賞された作家の小山田浩子氏の解説が掲載されています。
「解説 星座はどうして踊るのか」を読まれて、「わたし」たる「わたし」の存在が、あなたにはどう伝わるでしょうか。

作者の青山七恵氏は、大学在学中の2005年、小説「窓の灯」で第42回文藝賞☆彡を受賞されて作家デビューされました。
この作品は『窓の灯』(河出書房新社、2005年、河出文庫、2007年)に所収されています。

そして、2007年、小説「ひとり日和」で、第136回芥川龍之介賞☆彡☆彡を受賞されています。
この作品は、単行本として2007年、『ひとり日和』で河出書房新社から刊行され、のち2010年、河出文庫から文庫本として出版されています。

また、2009年には、小説「かけら」で第35回川端康成文学賞☆彡を受賞されています。
この作品は、単行本として2009年、『かけら』で新潮社から刊行されて、のち2012年新潮文庫から文庫本として出版されています。
他にも多数の作品が刊行されており、若くして大変ご活躍されている作家です。

青山七恵氏は、何という創造力の塊なのでしょうか!
何故に日常であるお仕事小説を、非日常なミラクル・ワールドに転換できるのでしょうか!

凛は、まるでロシア文学のミハイル・ブルガーコフ氏の長編小説『巨匠とマルガリータ』(水野忠夫訳、河出書房新社、2012年、同訳、岩波文庫〔上・下〕、2015年)を読んだときの如く、青山氏の想像力の素晴らしさに圧倒されました。
ブルガーコフ氏のこの作品は『池澤夏樹=個人編集 世界文学全集1-5』(同訳、河出書房新社、2008年)からも刊行されています。
一体次に何が出てくるのか全く想像もできないくらいに、それはそれは自由自在に作中の登場人物たちが生き生きと輝いているのです。(^o^)
ブルガーコフ氏のこの作品によって、文学とは自由な世界を創造できるものである、という体験を凛はしました。

これに匹敵できるような世界を青山七恵氏は創出されています。
青山七恵氏によるどこまでも続く奇想天外な物語は、読者の想像力の修練が求められる格調高い文学作品であると凛は考えます。

自宅と職場の往復、単調な仕事の日々だとお悩みのあなたには、ジェットコースター並みの「想定外」が繰り広げられる世界を堪能できますよ。
何も恐れることはありません。
初版の文庫本の裏表紙には「笑劇」と紹介されています。
どうぞご安心されて、青山七恵氏の傑作なる世界に身を委ねてみるのはいかがでしょう。
読後は、もしかしたらあなたのお仕事に対する気持ちに変化が生じるかもしれません。

今夜も凛からあなたにおすめの一冊でした。(^-^)

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(日本語)文庫-2020/7/22青山七恵(著)
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2020年9月4日金曜日

老境とは

こんばんは。
南城 凛(みじょう りん)です。
今宵も凛のりんりんらいぶらり~にようこそお越しくださりまして、ありがとうございます。
どうぞごゆっくりとおくつろぎくださいませ。(^-^)

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

凛からあなたに二つの質問があります。

まず、一つ目の質問です。
あなたは年齢を感じたことがありますか。

当たり前ですが、人は誰でも年齢を重ねます。
「最近、疲れやすいなあ。目もかすんできて、小さい文字が見えにくいよ。髪も白くなってきたし、肩こりや腰痛もあるし、膝だって最近痛みだした。もう年だな……」
などと思うことはありませんか。

あなたは、ご自分の老後をどのように過ごそうとお考えでしょうか。
「どうせ自分は長生きしないよ」
などと口癖になっていらっしゃるあなたは、今の医学は日進月歩で進化していますので、案外そのようにはならないものなのです。

次に、二つ目の質問です。
あなたは一日の時間をどのようにお使いですか。

凛は、朝起きて、夜に眠るという一般的な生活時間帯の概念とは若干異なる過ごし方をしています。
凛のりんりんらいぶらり~は、夜の時間帯、あなたの眠る前のひとときに、おくつろぎいただけるようにとつとめています。
凛がどのような一日を過ごしているのかは、あなたのご想像にお任せいたしますね。

さて、人は老境に入ると、どのような心境で動き、一日をどのように過ごしているのでしょうか。
特に、日本人のご高齢の男性のご老人ですが、凛には少しわかりづらい世代であります。
現代のご高齢の男性は、随筆である鴨長明著の『方丈記』や吉田兼好著の『徒然草』に通じるものがあるのでしょうか。

凛が街で見かけるご高齢の男性方も、大抵お一人で行動されていらっしゃるようです。
無口な方が多いですし、苦虫を噛みつぶしたようなお顔を拝見すると、あら、怒っていらっしゃるのかなと、気軽に話しかけにくいようなイメージがあります。
時代劇に出てくるような武将を想像して、何だか近寄りがたくて、話しかけると説教されそうだというような、とっても気難しい印象を凛が勝手にもっているのかもしれません。

時には、ぶつぶつと何やら独り言を言いながら、ふらふらと歩いていらっしゃる方も見かけます。
駅前の居酒屋などでは、まだ陽があるうちから、お一人でほろ酔いの御仁もいらっしゃいますね。

これに比較して、ご高齢の女性陣は、お一人さまだけでなく、団体で行動されていらっしゃる方々もよく見かけます。
女性は年齢に関係なくお喋りが好きですし、話し出すと止まらない方が多いですね。
皆さん、とても華やかにお洒落して、元気にお買い物を楽しんでいらっしゃいます。

「老境」という言葉が合うのは、男性のご高齢者のように凛は思います。
高齢化社会の日本において、異なる世代が老境に入った方の心境や心理状態を知ることは、今後の日本を支えるためにも、また個人においても、大切なことであろうと凛は考えます。
世代間の断絶を無くして理解できることは、日本や個人にとって有益なことではないでしょうか。
決して難しく考えずに、読んでいて、ああ、とっても楽しいなあと、気軽に読めてしまう「老境」を綴った小説があります。

京極夏彦氏の『文庫版 オジいサン』(角川文庫、2019年)です。
この小説は、2011年に中央公論新社から『オジいサン』のタイトルで単行本で刊行されました。
2015年、中公文庫から同じ『オジいサン』のタイトルで文庫本が刊行されています。
それを京極氏が加筆・修正し、『文庫版 オジいサン』にタイトルを変えて、出版社も変わり、KADOKAWAからの刊行となっています。

京極夏彦氏は百鬼夜行シリーズの第一作である小説『姑獲鳥の夏』(講談社ノベルス、1994年、講談社文庫、1998年)がデビュー作で、映画や漫画にもなっています。
あなたも妖怪や魑魅魍魎のおどろおどろしい表紙が書店で平積みされているのをご覧になられていらっしゃるのではないでしょうか。

恐ろしくて怖いイメージの京極氏の作品とは全くかけはなれた現代のご高齢の男性が、一人でベンチに座っている表紙の文庫本を近所の書店で見たときには、凛は思わぬ発見をしたような心境に至りました。
ご高齢とはいっても、ジーンズかと思われるズボンを履き、若さも感じられます。
その男性は、どこか遠くを見つめているようでもありますし、何か思いにふけっているかのようでもあります。

そして、文庫本の帯には、解説が宮部みゆき氏であると紹介されているではありませんか。
「すごく面白い。続きが読みたい!」と。
そして帯には「なにも起きない老後。でも、それがいい。」
「一番好きな京極作品の声、多数!」

凛はすぐに文庫を手に取り、表紙をめくりました。
「老境」と筆で書かれた文字が目に入り、今度はベンチに二人のご高齢の男性が座って、それぞれ違う方向に顔を向けています。
京極夏彦氏の書字で書かれたお名前と篆刻印もあります。

奥付を見ると、令和元年(2019年)12月に初版が発行されて、令和2年(2020年)2月にはすでに3版となっていました。
やはり京極作品は人気があるのがわかります。
勿論、凛はそのままレジに進みました。

さて、ベンチに座っている表紙の主人公の72歳の益子徳一さんは、定年退職後、公団で単身世帯で暮らしています。
未婚ですから、お子さんやお孫さんはいらっしゃいません。
現役時代のお仕事の職種などもよくわかりませんが、真面目に定年まで勤めあげられたことはわかります。
この徳一さんは、非常に真摯にものごとを突き詰めて考えるお方でして、その思考の過程がとても長く、詳しく描かれており、非常に秀逸です。
京極氏の想像力を駆使されての徳一さんでありましょう。

目次を開きますと、
七十二年六箇月と1日 午前5時47分~6時35分
七十二年六箇月と2日 午前10時26分~53分
七十二年六箇月と3日 午前9時50分~10時42分
七十二年六箇月と4日 午後4時38分~5時16分
七十二年六箇月と5日 午前11時2分~午後0時27分
七十二年六箇月と6日 午後1時14分~45分
七十二年六箇月と7日 午後2時2分~58分
解説 宮部みゆき
となっていることから、徳一さんの72歳と半年過ぎた一週間の出来事が、あらゆる時間帯で描かれていることがわかります。
時間の指定が分単位で細かいのは、帯にも書いてあるように、徳一さんの日常が非常にまったりとしていることを示していると考えられます。

ところで、「オジいサン」と、片仮名の間の「い」だけが何故に平仮名なのかは、あなたが読まれてからのお楽しみにとっておきましょう。

ここで作品について、着目した点があります。
作中の益子徳一さんは72歳ですが、現在の2020年の72歳とは明らかに世代が異なる点です。
この作品は2011年に単行本で刊行されました。
ということは、その前にご執筆されたことになりますから、益子徳一さんは現在は81歳前後になっていらっしゃいます。
したがって、徳一さんは戦後生まれの団塊の世代よりも年上となりますので、現在の72歳の方々とは、テレビや新聞、電話などの情報収集や伝達に関する認識などにはギャップがあるだろうと凛は考えます。

作中には、田中電気の2代目が折々に顔を出してきます。
日本のテレビ放送が、アナログから地上デジタルテレビ放送に切り替わったのが2011年7月24日ですから、作品はその前の出来事が描かれています。
2代目は、徳一さんにテレビの買い替えを進めますが、徳一さんはなかなか首を縦にふりません。
この二人のやりとりが面白くて楽しめますよ~ (^○^)

徳一さんの日常の中で、凛が特に興味をもったのが、お昼ご飯に卵料理をする場面です。
そのときの徳一さんの心理状態が事細かく描かれています。
うん、これって、あるある、もしかしたら京極氏もそうなのかしらと、凛は勝手に想像しながら読みました。
徳一さんの老境について、当時40代だった京極氏の想像力の結集がこの作品に表れているのでしょうか。

京極夏彦氏は、1996年、小説『魍魎の匣』(講談社ノベルス、1995年、講談社、2004年、講談社文庫、2005年)で第49回日本推理作家協会賞(長編部門)☆彡を受賞されました。
また翌年の1997年には小説『嗤う伊右衛門』(中央公論社、1997年、中公文庫、2004年)で第25回泉鏡花文学賞☆彡を受賞されました。
2002年、小説『覗き小平治』(中央公論新社、2002年、角川文庫、2008年)では、第16回山本周五郎賞☆彡を受賞され、第118回直木賞候補となっています。
そして、2003年には、小説『後巷説百物語』(角川書店、2003年、角川文庫、2007年)で第130回直木賞☆彡☆彡を受賞されました。
さらに、2011年、小説『西巷説百物語』(角川書店、2010年、角川文庫、2013年)で第24回柴田錬三郎賞☆彡を受賞されています。
他にも多くの作品を受賞されており、ここでは書ききれないほどのご活躍をされてます。
また、映画化やコミックにもなっており、コアな京極ファンが多いです。

京極氏は、読者への配慮が素晴らしく、一文が頁をまたぐことがないように、必ず改行して構成されています。
この作品でも加筆修正されておりますが、一文が必ず頁内に収まっています。
書店や図書館で、是非京極氏のこだわりをお確かめくださると納得できるかと思います。
そのため、お豆腐のようにま四角で分厚い本でも、読者に優しい京極氏を堪能できるようになっているのだろうと凛は思います。
電車の中で、ころころとしたま四角の分厚い本を読んでいる若い女性を見かけたとき、カバーをかけていても、すぐに京極氏の作品だとわかるくらいです。

そして、巻末の宮部みゆき氏の解説が、また素晴らしいのです!
宮部氏がどんな状態のときに、この作品を読まれたのかが丁寧に書かれています。
これを読むと、ますます益子徳一さんのことが気になってたまらなくなります。
当代の売れっ子作家である大沢在昌氏、京極夏彦氏、宮部みゆき氏の三人で「大極宮」を結成されていらっしゃいますが、本当に仲がおよろしいようですね。(^o^)

熱心な京極ファンをはじめ、多くの読者に愛されている益子徳一さんには、どうかこのままお元気でいらして欲しいと願ってやみません。
徳一さんは凛の心の中のオジいサンです。
徳一さんの律儀で真摯に暮らしを営まれている姿には、あなたも感動ものですよ~

今夜も凛からあなたにおすすめする一冊でした。(^o^)

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2020年8月24日月曜日

うなぎは真剣にいただこう!

こんばんは。
南城 凛(みじょう りん)です。
今宵も凛のりんりんらいぶらり~にようこそお越しくださり、ありがとうございます。
とともにどうぞごゆっくりとおくつろぎくださいませ。(^-^)

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

あなたはうなぎがお好きですか?
凛からの質問は、生物の分野のうなぎの生態についてではなく、もちろん食べ物としてのうなぎ料理のことです。(^○^)

凛はうなぎ料理が大好きです。
店先の店頭でうなぎをジュージューと焼いている煙と香り!
ああ、今すぐにでもうなぎ屋さんに行きたい!と思う凛であります。

うなぎは土用の丑の日だけでなく、他の日でも食べるものでしょう。
デパ地下やスーパーでも売られていますが、昨今はうなぎも国産のものは随分高騰しています。
なかなか庶民の口には簡単には入らない格別な食材ですね。

しかし何と言っても、うなぎはやはりうなぎ屋さんでいただくのがよいのではないでしょうか。
とっておきのうなぎ料理をいただくのであれば、思い切り奮発して極上のメニューをいただきたいものですね。
今年も残暑厳しき折、夏バテ解消にうなぎをいただいて精をつけたいところですね。

凛が久しぶりに訪れた某商店街の書店で、数冊だけ平積みされていた文庫本の表紙、これがまたうな重のリアルな写真でして……。
凛がその文庫本を手にして、レジに進んだ理由が二つあります。

一つ目の理由は、リアルなうな重の写真が他の文庫本よりもキラリと光彩を放ち、ジュワリと即座に凛の胃袋に反応したことです。
二つ目の理由は、写真があまりにもリアルなため、うなぎのお料理の紹介本なのかと思いきや、さにあらず、うなぎに関連した連作五篇の小説であったから、読んでみたいと思ったことです。

その文庫本とは、加藤 元(かとう げん)氏の小説『うなぎ女子』(光文社文庫、2020年)です。
2017年に光文社から単行本で刊行されています。

凛が購入した文庫本初版の帯には、「八ツ目や にしむら」の店主である松本 清氏のご推薦のお言葉「日々の想いも、おいしくする"うなぎ"。うな重片手に、この一冊!」と掲載されているではありませんか。
うなぎ専門店の人気店店主のご推薦とあらば、これはもう読まなくてはいけません。

連作で五つのお話が掲載されています。
第一章は、「肝焼き」
第二章は、「う巻き」
第三章は、「うざく」
第四章は、「うなぎの刺身」
第五章は、「うな重」
ざっと目次を見ただけで、うなぎが食べたくなる気持ちがさらに膨らみます。

これらの五つのお話は、ある日のうなぎ屋『まつむら』に訪れる五人の女性たちの物語です。
彼女らに共通するのが某男性でして、彼をめぐっての愛憎劇、憧憬、友情など、彼女らの様々な場面にその男性が関わります。
『まつむら』の中で、客として時間差で進んでいく物語でありますが、それぞれの人生における過去が描かれています。

読みやすい文体で、会話も現実的で入りやすいですが、内容は相当深く、中には刺激的なえぐいお話もあります。
登場人物の日常的な背景に、等身大に思われる方もいらっしゃるでしょう。
しかし、かなりシュールな設定の章では、「ええ?まさか!そんなことがあるの?」と驚かされる場面もありますよ。

第四章まで読み進むうちに、なるほど、そうなのかと、作者がかけた罠を想定していくのですが、これが読書の醍醐味でもあります。
読者は、作品を読解しながら、登場人物の背景に存在する作者と対峙しているのです。

最後の章で、連作小説の全体像がわかります。
タイトルの『うなぎ女子』の意味も納得できるという構図になります。
そして、また最初の第一章を読み返すと、全てが円環となってつながります。

この作品は、東京のうなぎ屋さんで展開しうるお話だと凛は思います。
つまり、作中の女性たちは東京で一生懸命にそれぞれの人生を重ねている人たちです。
そして、彼女らに関わっている某男性もまた東京で自己を模索しながら生きているといえましょう。
なかなかどうして、男女ともにそれぞれの登場人物が魅力的でもあり、また蠱惑的でもあります。

この作品には、随所に或る有名な文学作品が出てきますが、もうひとつの根幹を成していると凛は思いました。
その文学作品に対する敬愛が作品全体にこめられています。
その文学作品に関する女性についても、続編として書いて欲しいなと凛は思いました。

しかし、いちばんの主役は何と言っても「うなぎ」ですね!
うなぎは滅多に食べられない高級な食材で、とっておきのおご馳走であるからして、だからこそ、彼女らはうなぎ料理に真剣に向き合います。
それも『まつむら』のうなぎでないといけないと、彼女らは言うのです。

ああ、凛も読んでいる間中からうなぎ屋さんに行きたくなりました!(^o^)
そういえば、凛の親戚がいる九州の福岡県には、筑後地方の「うなぎのせいろ蒸し」といううなぎ料理が有名で、柳川市には多くのうなぎ料理店が集中しています。
凛は親戚の家を訪問した折、柳川市のうなぎ屋さんでせいろ蒸しをいただきました。
うな重とはまた違った食感で、大変美味しかったことを覚えています。

作者の加藤 元氏は、2009年、小説『山姫抄』(講談社、2009年、講談社文庫、2013年)で第4回小説現代長編新人賞☆彡を受賞されて、小説家デビューを果たされました。
多くの作品を執筆されています。

加藤氏はさまざまな職業を体験されたことが、今回の『うなぎ女子』で活かされていると凛は思いました。
下積み、貧困、親の離婚、再婚、親の蒸発、転職、起業、突然死、そして、犯罪……。
この作品には、現代日本社会の断片がリアルな表現で描かれています。

濃厚なうなぎ料理に対して、これらの暗いテーマをあっさりと描く作者の力量はお見事です。
その過程は、巻末のあとがき」加藤氏が説明されています。
ふっくら、ほこほこし過ぎず、ときにはほろ苦くもあり、甘辛いタレがまったりとあなたの舌を刺激します。

また、文庫本巻末の「解説」には書評家の吉田伸子氏が担当されていて、凛と同じく「うなぎが食べたくなる!」と述べておられますよ~
吉田氏の書き出しに注目してくださいね。
きっとあなたも同感でしょう。

今夜は、うなぎ料理がお好きなあなたへの贈り物です。
読了した後は、あなたも「うなぎ屋さんへ直行!」となること間違いなしです!

うなぎ屋さんで他のテーブルに座っているお客さんをきょろきょろと観察しないようにしたいものですね。
うなぎの生命をいただくことに感謝をして、あなたも真剣にうなぎ料理と向き合っていただければ、胃袋だけでなく、必ずやあなたの心を満たしてくれましょう。
そして精をつけて、明日への糧にいたしましょう。(^_^)v

今夜もあなたにおすすめの一冊でした。(^O^)/

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