2021年9月21日火曜日

行間にこめられた思いを読む ~山崎ナオコーラ『美しい距離』(文藝春秋、2016年、のち文春文庫、2020年)~

こんばんは。南城 凛(みじょう りん)です。
今宵も凛のりんりんらいぶらり~にようこそお越しくださりまして、ありがとうございます。
どうぞごゆっくりとおくつろぎくださいませ。(^-^)

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

過ごしやすくなってきた秋の季節、あなたはいかがお過ごしですか。
夕暮れもすっかり早くなりましたねえ。
おうち時間が増えた秋の夜長、眠る前のひとときは最高のくつろぎタイムですね!(^○^)

体調を整えて、免疫力をつけたいというのは誰しも考えるでしょう。
しかし、いくら健康に気をつけてはいても病にふせることはあります。
好きで病になる方はいませんものね。

日本人の二人に一人ががんになると言われています。
あなたのご家族、特に配偶者ががんに侵されていて、しかも末期がんであったとしたら、あなたはどのように受け止め、対応するでしょうか。

今回の本は、山崎ナオコーラ(やまざき なおこーら)氏の小説『美しい距離』(文藝春秋、2016年、のち文春文庫、2020年)です。

40代の妻が末期がんで入院しているため、働き盛りの夫は生命保険会社の仕事をしながら病院に通い詰めて妻を看護しています。
静かに流れる二人の時間の中で、夫の視点から彼の葛藤や心の機微を見事に描き切っている小説です。

しかも、行間に熱い思いがこめられています。
それは夫の言葉だけでなく、妻の言葉でもあります。
この小説の主人公は、末期がんの妻を看護する夫になります。

あなたがお読みになる前に、凛からご注意していただきたいことが2点あります。(-_-)

1点目は、今回の小説はずばり内容が重いです。
「末期がん」がキーワードになり、「介護」がテーマの物語と同様、あなたのご家族にご病気の方がいらっしゃったり、或いはあなたご自身がご入院されていらっしゃる場合などはかなり重いかもしれません。

2点目は、新型コロナ以前の小説であることです。
初出は、文芸誌『文學界』2016年3月号ですので、それ以前に描かれた作品です。
コロナ禍の現在は入院されているご家族の面会などはできない場合も多いでしょう。
ご家族でなくても、親戚・知人・友人など病室にお見舞いに行けていた頃とは一線を画していることを考慮して読んでいただければと思います。

まずは、本の入手についてです。
凛が持っている本は文庫本の初版です。
昨年、街の中心の地元の書店で購入して「いつか必ず読む本」として出番を待っていた本です。(^-^;

帯の表表紙側には、「芥川賞候補作」「島清恋愛文学賞受賞作」と描かれています。
帯からの情報で、しっとりとした夫婦の時間が流れている作品であることがわかりますね。

本の裏表紙の紹介文では、「がん患者が最期まで社会人でいられるのかを問う、新しい病院小説。」(文庫版、初版)と描かれています。
「病院小説」という表現は、医者と患者と家族の物語なのでしょうか。

次に、本の装丁についてです。
凛の文庫本初版の表紙は、黄色い菜の花が大きく描かれています。
「菜の花」のデザインは作品の中で重要な位置を占めています。

文庫本の表紙のイラストは、中上あゆみ(なかうえ あゆみ)氏です。
文庫本の表紙のデザインは、大久保明子(おおくぼ あきこ)氏です。

では、内容に入ります。
文庫本で195頁、巻末の解説まで含めても205頁とさほど厚くはありません。
しかも文庫版では文字が大きめで読みやすいです。
しかし、行間を読むと倍の厚さくらいになるのではというのが凛の印象です。

物語は、夫がカフェで食事を済ませ、バスに揺られて妻が入院している病院に向かうところから始まっています。
季節は春。
穏やかな陽気の中、カフェでのんびり過ごしたいところですが、時間は容赦せず病院行きのバスが待っています。

夫は生命保険会社に勤務しながら、妻の看護のため週に数回、妻の病室を訪れます。
初めは輪郭がぼやけていますが、読んでいるうちに読者にはこの夫婦がおかれている現実がだんだんと見えてきます。

時間軸は常に夫の視点にあり、妻と出逢った頃に戻ったと思えば、また妻がいる病室に戻ったりします。
働き盛りの夫の会社での仕事のやりくりや、労働条件である制度を利用しての病院通いなど、身につまされる読者もいらっしゃることでしょう。

妻は夫の上司の娘さんです。
夫からみると義母にあたる「妻の母」(文庫版初版、39頁他)と交代で病室を訪れています。
夫の義父にあたる妻の父親のことを、夫は常に「元上司」(同、15頁他)と表現しているところなど、夫の微妙な感情であると推測できます。

「来たよ」
「来たか」(同、17頁他)

夫が病室を訪れたときのたったこれだけの会話の中には、二人だけにしかわからないどれだけの思いがぎゅうっと詰まっているのでしょう。
それを思うと、凛は胸が締め付けられてなりません。
この夫婦には子供はいません。
病室では二人だけの時間が静かにゆっくりと流れてゆきます。

妻は結婚後にサンドウィッチ屋さんの経営を始めたことがわかってきます。
そして妻の仕事関係の方たちが各々病室を訪れます。
病室で彼らとの交流を目にして、妻には社会とのつながりが必要なことを夫は悟ります。
時には夫は見舞客にやきもちをやくこともありますが、もちろん彼の心の中での波です。

それから「妻の母」との接点から、妻は娘であることも悟ります。
夫は妻や義母にも理解を示します。

しかし、夫の本音がちらりと表れている箇所がいくつかあります。
そこで行間が活きてくるのです。
常にジレンマに陥っている夫の苦悩と妻への思いが交錯しているのです。

夫の意見が最も強く描かれている場面は主治医との会話でしょう。(*_*)
余命宣告、延命治療など……。
医療従事者である主治医と、「対話」(同、131頁)を望む患者の家族である夫の立ち位置のずれが大きく、夫の葛藤は続きます。
これは、文庫本の「著者紹介」のところで、「2014年に父親をがんで亡くし、(省略)」(同)とあることから、作者の体験からきていると考えることができます。

文庫版の157頁からか、或いは158頁からは、妻との関係が別の次元に移動します。(T_T)
ここで凛が案内する「曖昧な頁の境目」については、体験された作者ならではの時間軸の捉え方によるものであると考えます。
夫は妻の容体が急変する場面に遭遇します。
夫には予期することのなかった、あまりにも突然の出来事なのです。
作者は、愛する人の最期を迎えた方だけにしかわからない「その場面」を適格に捉えています。

しかし、小説はここで終わりません。
それは妻との関係が終わっていないことを意味しています。

「その後」の淡々と流れてゆく時間。
まるでベルトコンベアーに乗ったような色彩のない感覚。
これは多くの方が体験されていることと思います。

夫は旅立った妻との関係をどのように捉えて過ごすのでしょうか。
後はあなたの読書体験にお任せいたしましょう。

文庫版解説は、書評家の豊崎由美(とよざき ゆみ)氏です。
「解説 固有の物語を丁寧に紡ぐ小説」(同、198頁~205頁)というタイトルです。
病と死、仕事、人との距離について、書評家として長くご活躍されている豊崎氏の文章はとても心温まります。(^-^)

作者の山崎ナオコーラ氏は、2004年、小説『人のセックスを笑うな』(河出書房新社、2004年、のち河出文庫、2006年)で第41回文藝賞を受賞☆彡されました。(^_^)v
同作品で、第132回芥川賞候補となっています。
この作品は、2008年、井口奈巳(いぐち なみ)監督、松山ケンイチ(まつやま けんいち)さん、永作博美(ながさく ひろみ)さん主演で映画化されています。

山崎氏は、多くの作品をご執筆されており、これまで5回の芥川賞の候補となっています。

今回ご紹介した『美しい距離』は、2016年、第155回芥川賞の候補作となっています。
さらに2017年、第23回島清恋愛文学賞を受賞☆彡されています。(^_^)v

今後も山崎ナオコーラ氏のご活躍を期待したいですね!(^o^)

最後に。
末期がんである妻との時間を大切に守りながら、彼女を巡る社会を尊重している夫の心理的葛藤は、妻の死後にどのように変化していくのでしょうか。
タイトルの「美しい距離」に込められた作者の思いを、行間で読み取れる秀逸な文学作品です。
最後の一文に至るまで読者は目が離せません。

今夜も凛からあなたにおすすめの一冊でした。(^-^)

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