2021年5月26日水曜日

人生で最上の一冊はどの本にいたしましょうか ~野村美月『三途の川のおらんだ書房 迷える亡者と極楽への本棚』(文春文庫、2020年)~

こんばんは。
南城 凛(みじょう りん)です。
今宵も凛のりんりんらいぶらり~にようこそお越しくださりましてありがとうございます。
どうぞごゆっくりとおくつろぎくださいませ。(^-^)

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

唐突ですが、あなたにとっての人生最後で最上の一冊はどの本になさいますか?
これが今回のテーマです。

凛は医療と生命の大切さに改めて気づかされているこの頃です。
今年の日本は梅雨入りも早く、自粛で、読書を楽しまれていらっしゃる方も多いでしょう。
いつまでも好きな本を読みふけっていたいところですねえ。

いつかは人生で最後の一冊の読書となる時が訪れるかもしれません。
凛は、今回のテーマについては普段はほとんど考えないというか、考えたくないというのが本音でしょうねえ。
なんとなく、或いは敢えて避けてしまいたいテーマに真正面から描いている小説をご紹介しましょう。

「人生最後の本だなんて嫌だな。怖いなあ」などというご心配はいりませんよ。
人は誰でもいつかは最期を迎えます。
一人一人のこれまでの生き方からヒントを得て、誰もが納得して極楽の読書ライフに導いてくれる書店があるとしたら、どれだけ幸福感に満たされることでしょう。
つまり、極楽で永遠に幸せな気持ちで過ごせるという、とっておきの一冊を提供してくれるありがた~い書店の物語なのです。
読後は爽やかで幸せな気分に浸れると思いますよ~ (^-^)

凛が今回ご紹介いたします本は、野村美月(のむら みづき)氏の連作短編小説『三途の川のおらんだ書房 迷える亡者と極楽への本棚』(文春文庫、2020年)です。
この作品は文春文庫への書き下ろしです。
文庫巻末の解説はありません。

まず、今回の本の入手経路ですが、凛とこの本との出合いは書店ではなく、ネット書店からです。
凛は読書の合間に、本の奥付の後に印刷されている他の本の宣伝や、本に挟んである「今月の新刊」などの出版社の宣伝の栞に目を通し、情報を得るのが好きです。
今回は本に挟んである栞から情報を得て、「この本、面白そうだなあ。讀みたいな」と思って、ネット書店から購入いたしました。

凛が購入した文庫本初版の帯の表表紙側には、「人生最後の、天にも昇る一冊をお選びしましょう」と書いてあります。
文庫本の裏表紙の説明文には、「本好きに贈るビブリオ・ファンタジー」と書いてあります。
本好きにはとてもそそられる感じですよ~

次に、表紙のイラストは、月岡月穂(つきおか つきほ)氏です。
おらんだ書房の店主である和柄の派手な着物をゆるやかにまとったイケメンの若い男性が妖しげな表情の横顔で描かれています。

日本にもあらゆる宗教がありますが、この作品は恐らく仏教に基づいた物語でしょう。
尚、ここでは物語に沿うことを主題としていますので、細かな宗教観などは省かせていただきますのでご了承くださいませ。

では、この作品の内容に入ります。
この物語では、死者は此岸から彼岸との境目を一定の期間を過ごし、三途の川を超えて彼岸へと旅立つ設定になっています。
死者たちは此岸と彼岸との境目で六文銭を好きな「もの」や「こと」に費やした後、木の舟で三途の川を渡ります。
一度、彼らは三途の川を渡ってしまうと二度と戻れず、たとえ此岸と彼岸との境目であっても死者たちとは永遠に会えなくなります。

この此岸と彼岸との境目に存在しているのが「おらんだ書房」です。
六文銭で購入する対象は各人の好みになりますので、「おらんだ書房」だけでなく、あらゆるお店が存在します。
書店の他にも衣料品店やレストラン、遊郭などもあります。
六文銭の使い方は強制ではなく、各人の自由意思となっています。
三途の川を渡ってしまえば二度と戻れない世界ですから、人生最後のとっておきの「もの」や「こと」、それに本を選択するのも良しでしょうね。
あなたは六文銭をどの店で費やしますか。

さて、「おらんだ書房」では、派手な和柄の着物を纏ったイケメンの店主が、関西弁で明るく喋ります。(*'▽')
三途の川のほとりで営む「おらんだ書房」は二階建ですが、小さな書店のようです。
バイトの少年の「いばら君」が店主の仕事を手伝っています。
この書店を訪れる「客人」は少なく、あまり流行っている様子ではないですねえ。
ところが、一度訪れた「客人」は店主やいばら君のアドバイスで選ばれた本を手にして、非常にすっきりとした面持ちで舟に乗ります。

一体、どんな「客人」たちが「おらんだ書房」を訪れるのでしょう。
この物語は以下の六つのお話で構成されています。(目次より)
尚、登場人物のルビは省略します。

第一話 「本が大好きな 三田村祐介様(享年三十四)の場合」
第二話 「でんぐり返る本を探してる 越野園絵様(享年八十六)の場合」
第三話 「空っぽのおなかをかかえた、空っぽな目の 初芝泪衣様(享年四)の場合」   
第四話 「呪いの本を求めてやってきた 尾崎純香様(享年三十五)の場合」
第五話 「描けない人気漫画家 司 七彦様(享年四十一)の場合」
第六話 「世界で一番退屈で、つまらなくて、どうでもいい本をご所望の 鈴木藍理様(享年八十六)の場合」

四歳から八十六歳まで、実に様々な死者たちが様々な本を求めてのご来店です。
生き様も、亡くなり方も、本を求める事情も各人各様です。
いずれも店主が各人の事情を鑑みて、解決に導きますし、バイトのいばら君も活躍します。

これらの登場人物の中で、凛が気になったのは、第一話の三田村祐介さんです。
三田村さんは子供の頃から本が好きでたまらないお方。
社会人になっても本好きは変わらず、自宅でも多くの本が積まれており、突然の地震で本の下敷きになって亡くなられました。
果たして三田村さんは「おらんだ書房」でどんな本を選んで舟に乗られたのでしょう。
それはあなたが読まれてからのお楽しみに。(^_-)-☆

作者の野村美月(のむら みづき)氏は、2001年、小説『赤城山卓球場に歌声は響く』(ファミ通文庫、2002年)で、第3回ファミ通エンタテインメント大賞小説部門で最優秀賞☆彡を受賞されました。
2006年、小説『"文学少女"と死にたがりの道化』(ファミ通文庫、2006年)で「"文学少女"」シリーズとして出版されています。
この「"文学少女"」シリーズは、アニメ化されており、2010年には『劇場版"文学少女"』(多田俊介監督)として映画化されています。
他にもたくさんの作品を執筆されていらっしゃいます。

この作中には多くの文学作品の名前が出てきます。
本好きにはたまらない作品ですね~

ところで、この作品には凛には謎があるように思えてなりません。
登場人物の中で「おらんだ書房」の店主だけが死者ではないようですが、「境目」での暮らし方といい、一体どういうことでしょう。
バイトのいばら君のおかれている事情もよくわかりません。
それに、「おらんだ書房」の店舗の建物自体も擬人化の様相で、凛には生きている感じがぬぐえません……。
もしかしたら今後に続編があるのかなあと、期待している凛です。

人生最後の極上の一冊。
あなたはどのような本を選びますか。
凛はどの本にするのかなあ。
まだ答えは出ませんねえ。(^o^)

今夜もあなたにおすすめの一冊でした。(^-^)

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(文春文庫)(日本語)文庫-2020/12/8野村美月(著)
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2021年5月13日木曜日

百年前と変わらないようですね ~菊池 寛『マスク スペイン風邪をめぐる小説集』(文春文庫、2020年)~

こんばんは。
南城 凛(みじょう りん)です。
今宵も凛のりんりんらいぶらり~にようこそお越しくださり、ありがとうございます。
どうぞごゆっくりとおくつろぎくださいませ。(^-^)

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

最近、また新型コロナウィルスの感染者が増加傾向にあり、緊急事態宣言下での生活を送られていらっしゃる方も多いですね。
あなたの暮らしに変化はありますか。

凛が居住している地域にも緊急事態宣言が発令されました。
凛の一日の生活はこれまでとさほど変わりはありません。
外出する機会も減りましたし、自粛する状況に慣れてしまったような昨今です。

凛はインドア派ですので、部屋に山のように積まれている本たちと触れる機会だなと思ってはいるのですが、凛の読書のスピードには変化はありませんねえ。
本たちも「凛さ~ん、出番を待っていますよ~、読んでくださいねえ」と呼び掛けているのがわかります。
「あなたたちの気持ちはよ~くわかっていますよ。でも、もう少しだけ待っていてくださいねえ」と申し訳ない気持ちで本たちに応えている次第です。
「もう少しだけって、一体いつまで待っていればいいの?」と反論されそうですが。(^-^;

いつも利用している近所の書店だけでなく、どこの書店の店頭でも一時期文庫本の新刊コーナーで目立っていた文庫本がありました。
その文庫本の赤い表紙には、大きな男性の顔のアップで、緑色の帯には白いマスクをつけています。
かなり大胆なデザインで、他の文庫本の中でもひときわ目立ちました。

凛が今回ご紹介いたします文庫本は、菊池 寛(きくち かん)氏の短編小説集『マスク スペイン風邪をめぐる小説集』(文春文庫、2020年)です。
この文庫本は繁華街の老舗の書店にて購入いたしました。

まずは、表紙のビジュアルな面から気になって文庫本を手にしました。
帯の表表紙側には、菊池寛氏とみられる丸い眼鏡をかけた中高年の男性が白いマスクをつけています。
そのマスクには、「私も、新型ウィルスが怖い。」と書いてあります。
そして、「マスク」「うがい」「外出せず」の三原則が書かれています。
現在の新型コロナウィルス対策で注意されていることと同じですよね。

文庫本の帯を外すと、男性はマスクをしていません。
マスクを外した菊池寛氏にそっくりな男性がこちらを見ています。
面白い仕掛けだなと思いますね。(^o^)

表紙のイラストは、茂狩 恵(もがり けい)氏です。
茂狩氏のイラストは、以前に凛がご紹介しております、堀川アサコ氏の小説『ある晴れた日に、墓じまい』(角川文庫、2020年)でおなじみですね~
表紙のデザインは、木村弥世(きむら みよ)氏です。

文庫本の表紙をめくると、菊池 寛氏の白黒写真が3枚掲載されています。
特に2枚目の写真には驚きました!
菊池氏が黒いと思われるマスクを着用しています。
昭和14年1月、新聞連載のため、中国を訪問している51歳頃の写真です。

このマスク姿の菊池氏ご本人を見て、凛は大変衝撃を受けました!
現在の凛たちとどこが違うのでしょう。
中国の大地に佇んでいる黒いマスク姿の男性。
凛が生まれるずっと前のことなのに、まるで今、凛の目の前に菊池氏が現れているような錯覚に陥りました。

内容は、9編の短編が収録されています。
「マスク」
「神の如く弱し」
「簡単な死去」
「船医の立場」
「身投げ救助業」
「島原心中」
「忠直卿行状記」
「仇討禁止令」
「私の日常道徳」

スペイン風邪は約百年前に世界中に猛威をふるった恐ろしいウィルスです。
そのスペイン風邪禍にあり、菊池寛氏の描く日本の状況と市井の人たちの姿が描かれています。

「マスク」
凛は、やはり第一篇目に収められている文庫本のタイトルにもなっている「マスク」が気になって読みました。
菊池寛氏の体格の良さそうなどっしりとした風貌ですが、実はとても神経が細やかな方のようで、日々の健康増進に事細かく気を遣っている様子が伝わりました。
医者との会話や、患者としての考えが読者には客観的に見られて、思わず「そうなんです。凛も同じです!」と共感したくなる箇所もあります。

手洗い、うがい、外出を避ける、マスクをする。
これらは現在の私たちをめぐる状況と全く変わりませんよね。(^-^)

後半に、黒いマスク姿の青年が登場します。
当初は菊池氏はこの青年を不快に思いましたが、その理由は是非読まれてみてください。
あなたも菊池氏の感情描写が実に繊細であることがおわかりになることでしょう。

昨年、マスクは一時期は品不足になりましたね。
しかし、今では様々なデザインのマスクが市場に出ており、洋服とコーディネートを楽しんでいる方たちもいますね。
「見なれる」とは不思議なもので、女性が黒いマスクを着用していても何も気にならずになり、むしろかっこいいなと思うこの頃。
これは、マスク姿が日常化している時代を私たちが生きている証拠でしょうね。
文庫本で9頁の作品ですが、コロナ禍の時代を生きている私たちの状況と変わらない描写に驚かれることでしょう。

「簡単な死去」
こちらの作品も秀逸です。
年の瀬の押し迫る或る新聞社で、社員の一人が亡くなったことを知った主人公や仲間たちの複雑な心理状態が見事に描かれています。
主人公は、やれやれと忙しかった一年を振り返りながら、残りの仕事の整理をしつつ、正月休みはどうしようかと、いわば一年の区切りを迎える安堵感ともいえる状況下で、突然仲間の訃報を知ります。
そこで持ち上がるのが、お通夜や葬儀の係をどうするかについての問題です。
生前はあまり好意的でなかった故人に対する複雑な思いがよぎったり、時間の経過とともに目の前の実務に対する胸中は、現在、組織の一員に所属している読者だけでなく、多くの読者にも、百年前とほとんど変わらぬ思いで共感を得られるのではありますまいか。

現在のコロナ禍で、人と人との関わり方に対して意識改革を求められているように思えてなりません。
ソーシャル・ディスタンスとは、どこまで距離感を保てばよいのか、なかなか難しい問題だと思います。
入院中や施設に入っているご家族への面会もままならない状況の方も多いです。
葬儀も家族葬だけでなく、直葬も増えているようですね。
故人を偲ぶとは……。
作品のタイトルにはとても考えさせられます。

「島原心中」
小説家として新聞小説を構想している主人公が、元検事を務めていた旧友を訪ねて、旧友の語る検事時代の体験談をじっくりと聞きます。
その体験談とは、旧友がまだ検事になってさほどない頃に、初めて島原を訪れて、或る楼閣で起きた遊女と若い男性との心中事件の調査に立ち合った時のことです。
悲惨な現場で見た光景に旧友は「名状しがたい浅ましさ」(文庫版、101頁)を感じます。
事情があって遊郭に身を置かなければならなかった一人の女性の生涯について、旧友は様々なことを感じます。

また、命が救われた男性のほうには、検事の腕の見せ所として、いろいろと考察しながら質問をしてゆきます。
そして、遊郭の「お主婦(かみ)」(文庫版、120頁)の言動や行動に表れた態度に対して、旧友は或る行動をするのです。
小説の材料として提供してくれた旧友の体験談は、法治国家としての期待を込められているような思いがいたします。

「私の日常道徳」
文庫本でわずか4頁の箇条書きです。
大正15年1月、菊池寛氏が39歳のときの作品。
「なるほど~」と納得できそうです。(^-^)

文庫本の解説は、作家の辻仁成(つじ ひとなり)氏で、解説「百年の黙示」が掲載されています。
辻氏は、1997年、小説『海峡の光』(新潮社、1997年、のち新潮文庫、2000年)で、第116回芥川賞を受賞☆彡☆彡されています。
フランス在住の辻氏ならではのコロナ禍における考えが示されています。

文豪、菊池寛氏については、ご存知の方が大半でしょうから、簡単なご紹介だけにさせていただきますね。
1919年(大正8年)に、雑誌『中央公論』に小説「恩讐の彼方に」を発表しました。
1923年(大正12年)1月、雑誌『文藝春秋』を創刊し、のち1926年(大正15年、昭和元年)に文藝春秋社として独立しました。
同年、日本文藝家協会を設立し、初代会長となりました。
1935年(昭和10年)には、芥川龍之介賞や直木三十五賞を創設するほか、1938年(昭和13年)には菊池寛賞の創設もしました。☆彡☆彡☆彡

以上のように、近代日本文学に多大な貢献を果たした菊池寛氏の小説を久々に読んでみますと、凛は背筋がピンと張り、文学に対してまっすぐな気持ちに向き合えるような気持ちになりました。
作品によっては一見難しそうな時代小説も含まれていますが、ルビがふってありますし、文章も心理描写が中心で、読みやすいと思います。
登場人物の一人一人に、作者の菊池寛氏による非常に細かい愛情が注がれていることが読者は読みとれるでしょう。

「マスク」というタイトルと、マスク姿の菊池寛氏であろう男性の顔のアップの斬新なデザインの表紙に導かれて読んだ小説から、凛は百年前のスペイン風邪の状況を知ることができました。
ウィルスと人間との共存について、対策の原点は例えどんなに時代が進んでも清潔にすることで同じではないかという点に辿り着くように思います。
コロナ禍を生きている私たちへの菊池寛氏からのメッセージとして対峙するのも新たな発見があるのではないでしょうか。

個々人としての基本的な対策は百年前と変わらないようです。(^o^)
もちろん医学や薬学の発達により、素晴らしい治療薬ができることに期待したいですね。

今夜も凛からお勧めの一冊でした。(^-^)

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