2020年10月8日木曜日

名作と医療小説が同時に楽しめます

こんばんは。
南城 凛(みじょう りん)です。
今宵も凛のりんりんらいぶらり~にようこそお越しくださいましてありがとうございます。
と共にどうぞおくつろぎくださいませ。(^-^)

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

秋も深まってきましたね。
朝晩はだいぶ涼しくなってきました。
あなたはお風邪などひかれていらっしゃいませんか。

今年は新型コロナウィルスの影響で、例年よりもさらに健康に留意されていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。
入店時などアルコール消毒や体温チェックをする機会も随分増えました。
相変わらずマスクは必需品です。
普段の暮らし方も昨年とは様変わりしましたね。

あなたも日常的に健康に気をつけていらっしゃることでしょう。
学校や職場での健康診断や人間ドックなどで判明した数値とにらめっこしながら、気をつけるべき点をかかりつけ医とご相談されていらっしゃいませんか。

まずは毎日の食事の面から、栄養を考えることは必須でしょう。
また、サプリメントをとりいれたり、運動などで日頃から健康を意識していらっしゃることでしょう。
次に、気持ちを明るくして、ポジティブに考えることも必要です。
さらに、計算をしたり、記憶力を高めるための努力も求められましょう。

しかし、いくら健康に気をつけてはいても、様々な病に罹患することがあります。
伝染性の疾患だけでなく、日々の暮らし方による生活習慣病もありますし、遺伝的な要素を含めての病気もありましょう。
意図しない癌などがそろりそろりと知らないうちにしのびよってくることもあります。
或いは、不慮の事故などによる怪我もあります。
目や歯科の検査や治療も大事ですね。

加えて、高齢化社会が進んでいる社会では、認知症などの問題もあります。
ご自分の健康だけでなく、近年は高齢者の介護も深刻です。
介護難民や介護離職、老々介護なども社会問題化しています。
若い世代の人口減により、高齢者を支えていく社会において考えるべき課題が多々あります。
我が身が高齢になってどこでどのように過ごすのか、日頃から考えておかないといけないとは頭の中で理解はしていても、なかなか簡単には結論を出せずに迷いが生じて、逡巡しながら時だけが経っていくようにも思えます。
これらの問題のひとつひとつをクリアすることが、安心して暮らせる社会をつくることになります。
なかなか難しいものですね。

実際に医療従事者の視点ではどう考えていらっしゃるのでしょうか。
現実に日々患者さんやそのご家族とどのように応対されていらっしゃるのでしょう。
果たして、医者としての本音は?
医者個人としての考え方と、病院という組織や、医学界という大きな枠組みの中での考え方には違いがあるのでしょうか。
などと凛はしばしば疑問に思うのですが、あなたはいかがでしょうか?

このような深刻になりがちな医療の諸問題を、医者の観点から描いた医療小説があります。
今回、凛がおすすめするのは、一般的な医療小説ではなく、有名な文学作品をパロディ化した小説で、基になる文学作品と二重に楽しめる作品です。
久坂部羊(くさかべ よう)氏の短編小説集『カネと共に去りぬ』(新潮文庫、2020年)です。
この作品は、2017年に新潮社より単行本として刊行されています。

まずは表題の『カネと共に去りぬ』には、1939年に公開されたアメリカ映画の『風と共に去りぬ』(ヴィクター・フレミング監督)をすぐに思い浮かべる方がほとんどでしょう。
映画は日本では1952年に公開されました。
原作は、マーガレット・ミッチェル氏の長編小説で、1936年に出版され、翌年の1937年にピューリッツァー賞小説部門の受賞☆彡☆彡☆となっています。

最近、よく利用するようになった老舗書店の文庫本新刊の棚でこの文庫本を発見したとき、凛は思わず微笑んでしまいました。(^-^)

その理由は、表紙に興味をひかれたからです。
2020年8月に刊行された文庫版初版のカバー装画は浅賀行雄氏のものです。
表紙が映画のポスターのようになっています。

表紙は、レッド・バトラーに似たようなご高齢の男性が、ケイティ・スカーレット・オハラに似たような深紅のドレスをまとったご高齢の女性を抱えている絵です。
表紙の下の方には、「列戸馬虎」「小原紅子」の他に、「入楠明日礼」「入楠女良」「玉井安子」と書かれてあります。
「原作 久坂部羊」で、「配給 新潮文庫」と書いてあります。
まさに映画のポスターのようで、小説のファンのみならず、映画ファンにもなじみやすいように工夫を凝らしてあるのがわかります。

また、帯の表には「劇薬医療エンターテインメント!」と凛のアンテナをピピピと刺激してくれる紹介がなされていましたので、そのまま書店のレジに直行いたしました。

この短編集には、7編の短編小説が収められています。
「医呆人」
「地下室のカルテ」
「予告された安楽死の記録」
「アルジャーノンにギロチンを」
「吾輩はイヌである」
「変心」
「カネと共に去りぬ」
以上の7篇です。

この中で、あなたはいくつの名作がおわかりになられましたか。
文庫本の最後に、書評家の大矢博子氏の解説が掲載されています。
その解説の中にも、各短編の元になった名作の7人の作家の名前が紹介されていますので、ご一読ください。

凛がこの短編集を読んで、久坂部羊氏という作家の、医療と文学に対して真摯に向き合っている姿勢に感心した点が二点あります。

第一は、医療の点です。
凛は、どの短編にも「あらまあ、なるほどそうだったのか!」と医者の本音が率直に描かれていることに感心しました。
もちろん医療従事者としての久坂部氏個人のお考えであって、全ての医者がこのように考えていることではないと考えられます。
しかしながら、社会では本音と建て前がある中で、患者の生命に対する尊厳というものが大前提にありますから、医療現場ではなかなか聞くことができない話でしょう。

第一篇目の「医呆人」は、1942年に刊行されたアルベール・カミュ氏の『異邦人』(窪田啓作訳、新潮社、1951年のち新潮文庫、1954年、改版、2014年他多数)が元になっています。
亡くなられた患者の真万(ママン)さんの死について、主人公の村荘(むらそう)医師はご遺族の息子さんに向けて、真万さんの死を肯定する言葉を放ちます。
上司である外科部長や医長が激怒するのは当然でしょうね。
それは、今後の病院運営が絡むことが理由で、医師の評価や出世、世間の評判、ご遺族からの訴訟など複雑な問題が根底に流れています。
しかし、村荘医師は彼らにも実にそっけない態度を貫きます。

ここでは村荘医師の医者としての本音と、上司たちの建て前との対比がよく描かれています。
医師が患者に寄り添うこと、患者とご家族の立場を理解すること、患者が苦しまないこと、患者やご家族の不安を払拭すること、検査と治療を繰り返すことなどについての課題が挙げられています。
それらの課題に対して、医師としての久坂部氏の意思が反映されているものであると、凛は考えます。

1957年にノーベル文学賞を受賞☆彡☆彡☆彡されたカミュ氏の不条理小説と呼ばれる代表的な小説『異邦人』のムラソーと同様に、この村荘医師は周囲に対して常に温もりに欠ける態度をとります。
そして、ショッキングな結末を読者に提供します。

第二に、文学に対する視点です。
凛は、これらの7篇の短編が、各文学作品ごとに原作を重視して、描き方もそれぞれに細部にわたり変えていることで、七つの違う小説として充分楽しむことができました。

例を挙げますと、第5篇目の「吾輩はイヌである」は、夏目漱石氏の長編小説『吾輩は猫である』が基盤になっていることはおわかりの方も多いことと思います。
この作品は、夏目漱石氏にとって処女小説であり、俳句雑誌の『ホトトギス』に、1905年(明治38年)の1月から翌年の8月まで連載されました。
のち1905年、夏目金之助『吾輩ハ猫デアル』上巻が大倉書店より刊行され、1906年に同書店から中巻、1907年に同書店から下巻だけでなく、他多数刊行されています。

久坂部氏の「吾輩はイヌである」のほうですが、ビーグル犬の「マダナイ」(文庫版、198頁他)という名前が主人公になっています。
書きだしが夏目の小説と非常によく似ています。
そして、夏目氏の猫のほうの小説が第十一話で終わるのと同様に、久坂部氏のイヌの小説も十一で終わっています。

ビーグル犬の「マダナイ」は動物実験用として生を受けています。
大学病院の循環器内科の医局に売られてきて、収容施設で同じビーグル犬の先輩から自分たち実験用動物の行く末を教えられます。

「マダナイ」は「幸運の星」(同書、205頁)と呼ばれ、新しいゲージに移されて、何やら怪しげな実験を受けるのです。
「マダナイ」は実験で具合が悪くなっても、治すのが目的なのだからと希望をもち続けています。
この研究室に出入りする医師たちの名前も非常にユニークです。

そして、彼らの日頃の会話から垣間見える医療現場の実態について、「マダナイ」はゲージの中で見聞きし、理解していきます。
ある時は彼らに共感し、またある時は彼らの関係生を皮肉に思いながら、「マダナイ」は医学界における様々な側面に対して冷静に受け止めていきます。

最後の十一では、、
凛はこれが実に切なくなって、胸にジーンときてしまいました。

作者の久坂部羊氏は、医者であり、作家です。
外科医、麻酔科医を経て、外務省に入省、在外公館で医務官を務められました。
のちに作家になられ、2014年、長編小説『悪医』(朝日新聞出版、2013年、朝日文庫、2017年)で、第3回日本医療小説大賞を受賞☆彡されました。
医師として務めながら、多くの小説を創作されていらっしゃいます。
長編小説『神の手』(上・下)(日本放送出版協会、2010年、幻冬舎文庫、2012年)など、のちに映像化された作品もあります。

久坂部氏は短編集『芥川症』(新潮社、2014年、新潮文庫、2017年)でも文学作品を基にしてパロディ化した医療小説を創作されていらっしゃいます。
医療業界の闇と光を、大衆にわかりやすくそれらの実態を医師としての視点から訴えていらっしゃる姿勢に、文学作品としても決してエピゴーネンではないことがいえましょう。

また、久坂部氏は本名の久家義之氏として、『大使館なんかいらない』(幻冬舎、2001年、幻冬舎文庫、2002年)などのエッセイも出版されていらっしゃいます。

誰しも健康を大切にと願うのは同じでしょう。
この短編集を読んで、凛も生命の尊厳とは何かなど、様々なことを考えされられました。
医療小説として、また文学作品として二重に楽しめる短編集です。

今夜もあなたにおすすめの一冊でした。(^-^)

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(日本語)文庫-2020/7/29久坂部羊(著)
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