2020年9月27日日曜日

昭和歌謡と恋愛模様

こんばんは。
南城 凛(みじょう りん)です。
今宵も凛のりんりんらいぶらり~にようこそお越しくださり、ありがとうございます。
どうぞごゆっくりとおくつろぎくださいませ。(^-^)

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

あなたは歌謡曲がお好きですか。
カラオケで思い切り歌うのはお得意ですか。
昨今は新型コロナウィルスの影響で、一時期はカラオケも自粛の対象となり、なかなかカラオケで発散できないとお嘆きでいらした方も多いかと思います。

「歌は世につれ、世は歌につれ」
と申しますが、これはカラオケに行くとよくわかります。
気持ちよさそうに得意な歌を歌っている方の年代が、歌に反映されていることが多いですね。

特に、若い頃に流行した歌はいつまでも忘れられないものだと、往年のカラオケファンから聞いたことがあります。
それらには恋愛を伴った歌が多く、若い頃の苦い思い出、またはとても楽しかった思い出などがしっかりと歌と共に心の深部に刻まれているからでありましょう。

昭和の時代に大流行した歌は世相を反映したものが多いです。
演歌だけでなく、GSの歌、アイドルの歌、フォークソングなど音楽のジャンルはもっと細分化されますが、とてもメロディアスでなじみやすい歌が多いですね。
歌いやすい、覚えやすい、口ずさみやすい。
歌詞が生活に密着しているのか、人々の琴線に触れて心の深部に共鳴するからでしょうか。

中には歌いながら踊れる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
テレビ画面から得た歌手の振り付けをまねて、ポーズを決めたりして!(^_^)v

昭和の戦後の時代は、平成から現在の令和のインターネットの時代と異なり、若者たちの歌が世界的に重要なメッセージの役割を担っていました。
アメリカのロック歌手のエルビス・プレスリー、イギリスで誕生したロック・グループのザ・ビートルズやザ・ローリング・ストーンズ、アメリカのマイケル・ジャクソン、フォーク歌手のジェイムス・テイラー、二人組のサイモン・アンド・ガーファンクルなどなど、それはもう数えきれないくらいの地球規模の大スターたちが、世界中の人々にメッセージを伝えました。
歌には男女の恋愛だけでなく、反戦、東西冷戦、人種などの政治性も込められているものもありました。
メディアの大衆化と共に、歌は大衆に浸透し、世界中に発展していきました。

日本でも多くのスター歌手が誕生しました。
年末大みそか恒例のNHKの紅白歌合戦に出場することは歌手たちにとって大きな目標でありましょう。
テレビやラジオの媒体を通して、常に歌が中心の時代でした。
歌番組が多く、ベスト10などのランキングは、日本全国の世代を超えた多くの老楽男女の関心の的となっていました。

このような昭和の時代に大流行した歌謡曲を基調にして、男女の恋愛模様を描いた短編集があります。
井上荒野(いのうえ あれの)氏の『あなたならどうする』(2020年、文春文庫)です。
この短編集は、2017年6月に、単行本として文藝春秋から刊行されています。

凛が持っている文庫版(2020年7月、第1刷)の目次を見ますと、

「人妻ブルース」
「時の過ぎゆくままに」
「小指の思い出」
「東京砂漠」
「ジョニィへの伝言」
「あなたならどうする」
「古い日記」
「歌いたいの」
「うそ」
「サルビアの花」

冒頭に「人妻ブルース」が掲載されています。
井上荒野氏の作品で、ひとつの歌詞の形態になっています。
初出は、『小説新潮』(2011年1月号、新潮社)です。

この作品の舞台は団地でしょうか。
八号棟、三号棟、四号棟、十一号棟などの奥さまたちが登場します。
井上氏は、人妻であるが故の心の襞の暗部に焦点を充てています。
昭和の時代と重なる表現を取り入れているようでいて、実はしっかりと現代の世相を表わしているものだと凛は思います。

あなたは「時の過ぎゆくままに」以下、9曲の歌のタイトルを見ただけで、すぐに「ああ!知ってる!あの歌手の歌だ!」と、当時の歌手の歌声や姿が甦り、そしてメロディに乗せて歌詞を口ずさむことができる歌が何曲ありますか。

あなたは当時の歌手の衣装や髪型、サビの部分の特徴、マイクの持ち方など事細かく覚えていて、「とても懐かしいなあ~」と目にうっすら涙が出たりしませんか。
平成生まれのお若い方ですと「聴いたことがあるけど、よくわからないなあ」と仰る方もいらっしゃるでしょうねえ。
凛にはすぐにわからなかった歌が2曲ありました。

凛が所有する文庫本初版の帯には「昭和歌謡曲の歌詞ににインスパイアされた9つの物語」と紹介されています。
音楽に詳しい方からみると、厳密にジャンル分けをするならば、9曲の全てを「歌謡曲」に当てはめることに難色を示される方もいらっしゃるかもしれませんが、この作品集では「昭和歌謡曲」として括られています。

短編集の各章には、最初に各歌の歌詞の一部が掲載されています。
歌い出しの部分であったり、サビの部分であったり、各歌ごとに異なります。
井上氏はこれらの歌詞の特徴を捉えて、男女の恋愛の機微を井上流の視点で的確に表現されています。
この手法については、恋愛小説を描かせたら間違いなく安心して読ませてくれる「大人の作家」である井上荒野氏だからこそできるのであろう、と凛は位置付けます。
平成の終わりに近い2017年に単行本が発刊されていますから、描かれている小説の時代は平成でありましょう。

しかしながら、登場人物や環境にその歌詞と密着できる舞台設定が施されており、昭和時代に創作された歌詞と現代の時代のずれもほとんど感じられません。
ですから、歌が大流行した時をご存じない方でも、違和感なく恋愛物語に入れますよ。

勿論お若い方には、昔の歌、或いはご両親や祖父母の世代が好きな歌として、「なるほど、今でいうとこんな設定になるんだなあ」などと、歌を先行になさって読まれるのも構いません。
それから、小説が先にあって、「この歌はそんな意味だったのかあ」など歌を後付けする読み方など、どうぞあなたのお好きなように、ご自由に読まれてください。

各章には、様々な登場人物とあらゆる環境設定に、趣向を凝らしてあります。
主人公は、各章ごとに男性もいますし、女性の場合もあります。
井上氏独特の鋭い視点で、彼らの心理をあぶりだして、ほんのちょっとした極小のずれに亀裂が生じていく瞬間と、そこから壊れていく過程を見事に描き出されています。
伏線もあって、最後には広げた風呂敷を畳んでいますが、それが無造作であったり、裂けたり、或いはほどけそうなほどに結び目が緩かったりと、畳み方の細部にも拘りがみられます。

「時の過ぎゆくままに」は、妻が癌治療で入院中の夫が主人公です。
彼は癌患者である妻の闘病を支えながらも、病院の喫煙所で夫が入院中の若い人妻と出逢ってしまい、二人は逢瀬を重ねていくのです。
退院した妻が、実にさりげなく夫に、自身のことを何と言ったのでしょうか。
それはほんの一瞬のことでしたが。
その瞬間の夫の心理状態に鋭いメスを入れる井上氏の視点は見事といえましょう。

当然ですが、相手の人妻にも過酷な現実がずっしりと背中を覆っています。
二人の目の前に迫ってくる壁が高くて険しいほど、それを乗り越えようと思うのでしょうか。
痴情におぼれた二人はこれからどうなっていくのでしょうか。
最後まで読むと、凛にはジュリーこと沢田研二さんの透き通った歌声が実に切なく聴こえてきました。

「ジョニィへの伝言」は、某地方で行なわれた歌の地区予選の選抜で選ばれ、東京決戦に出場した女性と、地元で鍼灸院を営む男性の話です。
プロダクションのマネージャーから声をかけられた女性は、「東京に住んでこれから歌で生きていく」と夢の実現が叶う転機を迎えたのですが。
女性が、目の前の現実を認めなければならない、決して後戻りはできない、前に進むしかないと悟る瞬間。

この章で凛が注目したのは、最後の四行(文庫版)です。
そして、最後の一文がキーワード。
凛には、高橋真梨子さんの情感をこめた歌声が胸にずうんと響いてなりませんでした。
それと同時に、この歌詞の全容を再確認せずにはいられませんでした。

「うそ」は、薬剤師の男性が主人公で、冷酷に次々と付き合う女性を変えていきます。
新しい獲物を捕らえるために、自分に都合のよい自己中心の考えで嘘を重ねます。
彼は付き合っている女性に対する興味は持続せず、すぐに飽きてしまうのです。

このような嘘を重ねていく男性は、新しい女性を獲得する過程が楽しいのではないでしょうか。
相手の女性への愛ではなく、欲望だけが全てであるような生き方を続けてきたのでしょう。
彼は実に行動的で、相手のことを冷静に観察しています。
一人でいる時間も必要なのではと凛は思いますが。
マイケル・ジャクソンの「スリラー」の洋楽が出てくるのも何かのメッセージかも……。
読み進んでいるうちに、中条きよしさんのソフトに歌う声が凛の耳元で聴こえてきました。

以上の三曲の他にも、某団体の一員として集団生活をしている男性のもとへ、ある日突然夫や子供のいる家庭を捨てて飛び込んだ主婦の話の「あなたならどうする」、振り込め詐欺の受け子と思われる若い男女を描いた「古い日記」など、現代社会の問題もえぐりながら、恋愛を成就しようと必死でもがいている人たちの話が出てきます。
どの登場人物も危うい立ち位置で、哀切極まる情感をもって、あなたにずっしりと重く恋愛の情景を突きつけます。

井上荒野氏は、1989年、短編小説「わたしのヌレエフ」で、第1回フェミナ賞を受賞☆彡されて、デビューされました。
この作品は、『季刊フェミナ』創刊号(1989年、学習研究社)に掲載されたのち、1991年に『グラジオラスの耳』の書名で福武書店より単行本として所収されており、2003年、光文社文庫から単行本と同じ書名で文庫化、所収されています。

2004年には小説『潤一』(2003年、マガジンハウス、2006年、新潮文庫)で、第11回島清恋愛文学賞を受賞☆彡されました。
そして、2008年、小説『切羽へ』(2008年、新潮社、2010年、新潮文庫)で、第139回直木賞を受賞☆彡☆彡されました。
その後も数多くの小説を受賞されていらっしゃいます。

小説家の井上光晴(1926~1992、いのうえ みつはる)氏のご長女で、小説、エッセイ、児童書などの翻訳も手がけるなど大変ご活躍されています。
本格的な大人の小説が描ける、まさに恋愛小説の名手としての地位を確保されていらっしゃいます。

文庫本の解説が、直木賞作家の江國香織氏と大変豪華です!
江國氏は、2004年、短編小説『号泣する準備はできていた』(2003年、新潮社、2006年、新潮文庫)にて、第130回直木賞を受賞☆彡☆彡されました。
お父さまが演芸評論家でエッセイストの江國滋氏(1934~1997)で、幼少期の頃から本に囲まれていたであろう井上荒野氏と似た環境のようですね。
お二人はとても仲良しなのでしょう。

江國香織氏も恋愛小説の女王として、多くのファンがいらっしゃいます。
同じ恋愛小説を描く女性作家の細部にわたる視点に、ああ、なるほど~とあなたも頷けるでしょう。
是非、文庫本の解説をお読みになられてくださいませ。

黄金の歌謡曲全盛の昭和という時代は、何て人々が歌と共に生きていたのだろうかと思わずにはいられません。
どろどろとした感情、どこまでも貫きたい欲望。
この作品で紹介された9曲は、メロディアスな曲調も加わって、カラオケで愛され続ける歌ばかりです。

井上荒野氏は、歌詞を見つめ、歌詞に触発されて、ご自身の才能をもってこれらの歌の世界に憑依されたのでしょうか。
どの恋愛も、表題の『あなたならどうする』につながるのです。
時代を超えて、小説と歌との融合を読者は体験できるのだと凛は思います。

これから秋が深まってゆきます。
読書の秋です。
秋の夜長に、井上荒野氏が提供する様々な恋愛模様を、昭和の歌謡曲と共にあなたもしっとりとご堪能されてみてはいかがでしょう。

今夜も凛からあなたにおすすめの一冊でした。(^-^)

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(日本語)文庫-2020/7/8井上荒野(著)
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2 件のコメント:

Kohta さんのコメント...

昼夜の温度差が一段と激しくなってきました。おかわりありませんか?こちらは相変わらずの日々を大過なく過ごしています。
私がジョギングをしているS池の奥の集落に、コース沿いにかなりの大きな金木犀を数本植栽されているお宅があります。先週は金木犀の盛りで、コース上にに金茶色の金木犀がびっしり敷きつめられ、辺りにはあの芳香が漂って、しみじみ秋を満喫しました。短期間だからいっそう有り難く感じます。

さて、井上荒野さんの『あなたならどうする』を読了しました。私が高橋真理子さんの長年のファンということもあり、『ジョニイへの伝言』が1番心に残りました。今も高橋真理子さんの『我蘭憧』というアルバムを聴きながら、これを書いています。『サルビアの花』も名曲ですよね。
荒野さんが井上光晴さんのお嬢さんだとはじめて知りました。彼の『地の群れ』に大いに感銘を受けたことを覚えています。荒野さんの作品では『切羽へ』など数冊しか読んだことがなく、良い読者とは言えません。

最近の収穫は李栄薫さんの『反日種族主義との闘争』(文藝春秋)です。ご自分の身の危険性にもかかわらず、真実を発信される姿勢にただただ頭が下がります。彼らの努力が身を結んで、いつの日か両国の関係が改善されますように願っています。

なんだかとりとめのない文になってしまいました。
ではお元気で。

南城 凛 さんのコメント...

Kohtaさん、こんばんは。(^-^)
コメント、ありがとうございます。
ジョギング中に金木犀の香りに包まれるなど、Kohtaさんは最高の楽しみ方をなさっていらっしゃいますね!

井上荒野氏はすっかり独り立ちなさって大人の恋愛が描ける作家となられた感じがいたします。
『切羽へ』(2008年、新潮社、2010年、新潮文庫)は主人公の静かな中に流れている熱い思いが描かれており、凛の好きな作品のひとつです。
短編「ジョニィへの伝言」は高橋真梨子さんの歌声が見事に重なって、過ぎ去った夏と決別する新たな旅立ちの歌のようでもあり、ちょうど今頃の季節に合うように思います。

Kohtaさん、いつもご教示ありがとうございます。
これからも凛のりんりんらいぶらり~をよろしくお願いいたします。(^o^)