2025年3月30日日曜日

若者が堕ちてゆく、その先にあるものは…… ~桐野夏生『インドラネット』(角川文庫、2024年)~

こんばんは。南城 凛(みじょう りん)です。
今宵も凛のりんりんらいぶらり~にようこそお越しくださり、ありがとうございます。
お休み前のひとときに、本の話題でごゆっくりとおくつろぎくださいませ。(^-^)

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

春がきました!
桜前線も北上中です。
あなたは桜のお花見にお出かけされましたか。
暖かくなったとはいえ、夜には花冷えもありますが、やはりこの時期にしか見られない桜の花を愛でたいものですね~ (^O^)

日本では4月から新学期と新年度が始まります。
多くの若者たちにとっては人生の節目となる季節でもあります。
新生活に胸を躍らせる若者たち。
新卒の新社会人にとっては初任給が恵まれているとのこと。

彼らを前にして、日本では人手不足、少子高齢化、物価上昇、人・賃金・地域間の格差などの社会問題が既に厳しい局面と対峙しなければいけません。
闇バイトなど国内の犯罪だけでなく、東南アジアなどで犯罪組織に入ってしまった若者たちの報道が増えています。

若者たちは将来に対する夢や希望など消え失せてしまったのでしょうか。
それとも最初からそのようなものは抱いていなかったのでしょうか。

夢、希望、友情、労働、対価、孤独、逃避、焦り、不信、恐れ、反省、諦め、転換、目的……。
初めはほんのちょっとした軽い考えから、本人の気づかない間に深い沼にはまり込んでしままったのかもしれません。
脱出できるチャンスがあるかと思わせておき、油断をしていたら、そこには偽りの世界を突き付けられるという現実が襲ってきます。
実は最初から入念に仕組まれた罠であったとしたら……。(*_*;

今回ご紹介いたします本は、契約社員として暮らしているどこにでもいそうな日本の青年が、突然に失踪したかつて親しかった友人とその友人の姉妹を捜して欲しいと、ある人たちから依頼されて、初めて訪れた東南アジアの国に向かった先で彷徨い傷つきながら外見も内面も変貌してゆく物語です。

桐野夏生(きりの なつお)氏の長編小説『インドラネット』(角川文庫、2024年)です。

読者は、謎めいた多くの登場人物たちと主人公の青年との危険な関係にはらはらどきどきしながら、「いや、そこは止めたほうがいい」「そっちの方向に行ってはダメだ」「急いで戻って!」「ファイトを出して!」などなど青年に声援を送りますが、物語はどんどんあらぬ方向へと進んでいきます。

それから、東南アジアの国々の旅ガイドの楽しみも味わえます。
さらに、青年の変貌していく過程にも驚かされるのです。

はじめに、この文庫本の入手についてです。
凛は近所の書店の新刊コーナーで出合いました。
凛が持っている文庫本は、2024年7月25日付の初版本です。
単行本は2021年5月にKADOKAWAから出版されています。

次に、帯や表紙についてです。
一番目は、帯について。
凛が持っている文庫本の初版の帯の表表紙側には、「あいつは死んだのか。それとも俺から逃げているのか。」「見るもの、聞くこと、すべて信頼できない『人捜し』」と。
何よりも「桐野文学の到達点!」と帯に紹介されているからには、これは読まなければ!と凛は即座に思ったのでした。(^O^)

余談ですが、この帯にはちょうど角川文庫75周年で「カドイカさん」が「夏休みフェア2024プレゼントキャンペーン」が掲載されています。
「カドイカさん」のコアなファンの中には応募された方もいらっしゃるかも。(^-^)

二番目は、裏表紙の説明文について。
主人公の青年、八目晃(やつめ あきら)の紹介が「平凡な顔、運動神経は鈍く、勉強も得意ではない」から始まり、「何の取り柄もない」「非正規雇用でゲームしか夢中になれない無為な生活を送っていた」。(同書)
要するに、晃はヒーローではない、どこにでもいそうな青年、等身大のような身近な存在の主人公です。

彼にとって「唯一の誇り」があります。
「高校時代のカリスマ、「野々宮空知(ののみや そらち)とその美貌の姉妹と家族ぐるみで親しくしたこと。」

裏表紙の説明文には、気になるキーワードがいくつか出ています。
「野々宮家の父親の葬儀」
「空知はカンボジアで消息を絶った」
「空知を捜しに」
「東南アジアの混沌の中に飛び込む」
「彼らの壮絶な過去だった……。」などなど。(文庫本初版)

出版社の戦略に見事にはまっても構いません。
時間を忘れるほどに夢中になる作品が読みたいあなた、物語の先が気になります。
本作品を全部読了したくなりますよね~ (^-^)

三番目は、表紙について。
文庫本の表紙は、アジア系と思われる女性が顔は横向きで、裸体の背中を読者側に向けています。
女性は長くて緑色が混じった黒っぽい髪を結っており、赤い宝石が埋め込まれた髪飾りが印象的です。
うなじから背中、肩へと長い後ろ髪を垂らして、うなじ側を右手で押さえています。

彼女の長めに伸ばした爪が綺麗です。
薄い絹織物か、レースのような透明の生地を背中に充てています。
彼女の仕草は無造作のようですが、巧に計算されているようにも見えて、こちら側を意識しているのがわかります。
全体に気品があり、気高く、そして妖艶な様相です。

カバーイラストは、日本画家の木村 了子(きむら りょうこ)氏です。
カバーデザインは、鈴木 久美(すずき くみ)氏です。

尚、単行本の表紙は文庫本と違った作品となっています。

それでは、内容に入ります。
物語は、第六章で構成されています。
「第一章 野々宮父の死」(文庫本、5頁)は、主人公のルーティン化していた日常に、ある日突然に非日常な出来事が侵入していく重要な導入部分です。

発端は、契約社員で社会生活の一員として日々を送っている八目晃の元に、彼の実家の母親から、野々宮空知の父親の俊一(しゅんいち)の訃報を知らせるLINEがきたことによります。
晃と空知とは都立高校の同級生で、空知の実家に入り浸るほど親しくしていたこともあり、空知の父親の死は晃にとってショッキングな出来事でした。

成績抜群で美貌に恵まれた空知の存在は、晃にとって「心酔」(文庫本、6頁)するほど神々しい光でありました。
また、空知には「野々宮の美人姉妹」(同書、7頁)と誰もが認める姉の橙子(とうこ)と妹の藍(あい)がいました。
晃には空知と姉妹の三人との接点を持った青春時代が最も輝かしい過去でした。

空知の父親の通夜では、空知の母親の雅恵(まさえ)が喪主を務めており、晃と久しぶりの再会となりました。
母親の話では、空知とはホーチミンからが最後の連絡で、その後にカンボジアに行ったということを晃は知ります。
彼女の口からは「うちの子供たちの誰一人とも連絡がとれないのよ」(同書、16頁)と衝撃的な発言が。
「空知は『俺、オフクロ、苦手なんだよ』とよく言っていた」(同書、23頁)ことを晃は思い出し、空知が大好きだった父親の死を目にして、晃は過去の記憶を辿ります。

通夜の帰りに、安井(やすい)と名乗る男性が、空知がカンボジアにいたらしいという情報をもたらして、晃が空知たちを現地で捜すことを提案します。
安井のこれまでの動向がどこまで真実か否か、怪しさ満点でもあります。

さらには三輪(みわ)という男性も現れ、捜索の資金援助を晃に申し出ます。
晃は安井と三輪の言動に怪しみ、驚きながらも、もう行くしかないと諦め半分の境地に至ります。
晃は職場で置かれている自身の現状が悪化していることから、既に現実からの逃避、一時的でもよいので日本を脱出したい、とりあえず行けば何とかなるだろう、と緩い思考回路が働きます。

このように最初はホンのちょっとした現実逃避、それによって友人の居場所が見つけられたら最高。
一時的なのだから、また日本に戻ってやり直せばよい、という安直な発想から彼の物語は始まります。

読者は既に甘い考えの晃の行動に呆れながらも、彼の後を追いかけることになります。
空知と姉の燈子、妹の藍の三人の行方は果たして如何に……。

第一章には非常に大事なキーワードが散りばめられています。
凛は第二章以降に入っても、この第一章を何度も読み返しました。
読了した後、もう一度おさらいのように読み返してみると、なるほどね~と桐野ワールドに感心、納得しました。\(^o^)/

あなたにも是非この物語のスリルとサスペンスを楽しんでいただきたいですね。
後はあなたが読まれてからのお楽しみに! (^O^)/

桐野夏生氏については、2021年3月5日付の第28弾、「奪われてしまうことの大きさに気づくか」(ココ)の項で既にご紹介しています。

最後に。
置かれた現状に不満をもつ青年の八目晃が、慌てて日本を飛び出し、かつて親友だった野々宮空知と彼の姉妹を捜す東南アジアの旅の道連れに読者のあなたを誘います。
それは一時的な現実逃避のつもりでもありましたが、行く先々であらゆる危険な状況に遭い、さらなる前進となってゆきます。

真実と偽りとの境目が曖昧な境界線を行きつ戻りつしながら生き抜くにはどうしたらよいでしょうか。
いつの間にか青年自身が価値観の転換を図ることになりますが、彼は自身の内面の変化に気づいたでしょうか。
彼の生きる世界はさらなる泥沼へと化してゆくのです。
日本の若者がはるかに遠い所へと行き着いた先は……。

これは一体何の旅なのでしょうか。
果たして晃は友人と姉妹に再会できたのでしょうか。
そして、彼は無事に日本へ戻ることができるのでしょうか。
読者の中には、晃に課された旅の謎にハッと気づく方もいらっしゃることでしょう。

文庫本の最後に収められている「解説」は、ノンフィクション作家の高野秀行(たかの ひでゆき)氏です。
凛からのお願いですが、高野氏の「解説」は本作品を読了後に読んでいただきたいです!
高野氏からも指摘されていますが、ネタバレが入っていますので、ご注意お願いいたしますね。( ;∀;)

勿論、読み方は個人の自由ですので、読者のあなたに委ねます。
そう言われると「解説」を先に読みたくなるかもしれないですけれども。(^^;

桐野ワールドを堪能したいあなた、ジェットコースターのごとく上り下りに恐れながらもハラハラドキドキしたい読者におススメです。(@_@)
一気読み間違いありませんよ! 
桐野氏の作品は読者の予想に反する結末が多く、その楽しみもありますね。(^^)v

今夜もあなたにおすすめの一冊でした。(^O^)/

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桐野夏生(著)KADOKAWA(2024/07発売)
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2025年1月31日金曜日

きらびやかな装いの影で ~黒木 亮『アパレル興亡〈上・下〉』(集英社文庫、2024年)~

こんばんは。南城 凛(みじょう りん)です。
今宵も凛のりんりんらいぶらり~にようこそお越しくださり、ありがとうございます。
お休み前のひとときに、本の話題でごゆっくりとおくつろぎくださいませ。(^-^)

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

2025年も早くも一か月が過ぎます。
あっという間の12分の1ヵ月……まさしく光陰矢の如しですね。
あなたはいかがお過ごしですか。
凛は今のところ風邪もひかずに過ごしています。

日本では春夏秋冬の四季があります。
冬の真っただ中ですが、ファッションの世界では明るい色の春服が中心となっています。
ファッションは常に季節感を先取りしますね。

現実の寒さとは裏腹に、ココロは既に一歩先に向かわせてくれる──それがファッションの役割なのでしょうか。
冬のかさばる服装から装いを新たにして、気分は春!
ウキウキと楽しく軽やかに~♪ \(^o^)/

「何を着たっていいじゃない。別に裸でなければね~」
と仰る方もいらっしゃるでしょう。
或いは「ブランドの主張する考え方に共鳴して自己実現として表現したい!」
とお考えの方もいらっしゃいます。
ファッションの世界もなかなか奥が深いものですね。(^-^)

今夜ご紹介いたします本は、凛のように着て楽しむだけの消費者をはじめ、これまでの服飾や流通業界の歴史や奥を知りたい方におすすめしたい小説です。
勿論、アパレル産業や流通業界の方々には周知の事実でしょうが、ファッション雑誌やメディア、デパート、スーパー、衣料品店から得る情報だけでなく、知識の幅が広がることでしょう。

黒木 亮(くろき りょう)氏の長編小説『アパレル興亡〈上・下〉』(集英社文庫、2024年)です。
単行本は、2020年2月に岩波書店より『アパレル興亡』のタイトルで刊行されています。
上下巻として再編集、昨年、集英社より文庫化されました。

上下巻なので長い!と読むことに躊躇される方へ。
いえいえ、そのようなご心配などありませんよ~

会話文を織り交ぜながら登場人物たちがイキイキとしていて描かれています。
読者に映像が想像できるように仕立てられています。
まるで映画かドラマを観ているかのごとく大変読みやすくなっていますので、ご興味のある方には一気読み間違いありませんよ。(^O^)

はじめに、凛がこの文庫本を入手したのは、市内中心部の書店の文庫本新刊本の棚で出合ったことによります。
凛の持っている文庫本は、上下巻とも2024年5月30日付の第1刷、初版本です。

次に、帯や表紙についてです。
一番目は、帯について。
文庫本上下巻の帯の紹介がとても印象強いもので、購入する機会となりました。
凛は帯は大事な情報であると考えます。

文庫本上巻(第1刷)の帯の表紙側には、「業界騒然!日本経済の栄枯盛衰とファッション業界の裏側を活写!」と紹介されています。
その横には実在する服飾産業「ユニクロ、ZOZO、青山商事、三越……」(同帯)の実名が掲載されているではありませんか!
さらに「アパレル業界の栄枯盛衰を八十年以上にわたる長尺で描いた大作である。」と。

同じく上巻(第1刷)の帯の裏表紙側には、「私たちが毎日着ている服。その産業はどんな歴史をへて今の姿になったのか。」「どんな人間が作り上げてきたのか。」(同帯)と掲載されています。

下巻(第1刷)の帯の表表紙側には、「圧倒的なリアリティ!!」「巨大産業一大絵巻!」「一気読み必至長編小説」(同帯)の文字が目立っています。
上下巻まとめて読みたくなりますね~ (^.^)

二番目は、裏表紙の説明文について。
文庫本(第1刷)上巻の説明文では、「俺、東京に行きてえんだ!」(同書)という言葉から始まります。
昭和28年の山梨県在住の田谷穀一(たや きいち)は上京を志願します。
彼は東京・神田の婦人服メーカーのオリエント・レディに入社しますが……。

下巻(第1刷)の裏表紙側の説明文では、ファッション文化が栄えた時代の波に乗り「非凡な才能で婦人服メーカーオリエント・レディの社長に上り詰めた田谷穀一。」(同書)
ところが村上という「〝物言う株主〟」(同書)の出現により、「状況は一変」(同)してゆくのです。
そして「会社は誰のものか」(同書)と問われる時代に突入しますので、経済小説でもあることが読者には伝わります。

三番目は、表紙について。
上巻の表紙は、黒い服をまとったモデルたちが一列に並んで歩いている後ろ姿の写真になっています。
恐らくファッションショーでしょう。
彼女たちが着ている服のデザインはそれぞれ異なり、ハイヒールを履いて歩いています。

下巻の表紙は、やはりモデルたちが一列に並んで白いステージを読者側に向かって歩いている写真です。
カラフルな服を着たモデルを先頭に、次のモデルは白っぽい服を着ています。
彼女たちの顔はわかりませんが、綺麗な足元が見られます。
やはりファッションショーでしょう。

カバーデザインは、森デザイン室の森 裕昌(もり ひろまさ)氏です。
写真は、Catwalkphotos/Shutterstock.comです。

それでは、内容に入ります。
上巻では、プロローグから始まり、第五章までです。
上巻の主な登場人物が出ていますのでわかりやすいです。

プロローグでは、2010年(平成22年)の5月、中国上海でユニクロの上海南京西路店が開店する日から始まります。
中国では北京オリンピックに続いて、上海万博が二週間前に開幕した非常に華やかな時でした。
世界中のハイブランドが路面店に軒を連ねている市内随一の繁華街、南京西路に日本のユニクロが開店するということで、開店前から多くの若者たちや家族連れの行列で賑わっていました。
ユニクロの世界進出は四店舗目となり、海外市場の目標額は3兆5千億円から4兆億円を狙った戦略でした。

日本では、国内で最大といわれるアパレルの通販サイト「ZOZOTOWN」を運営する会社の会議の模様が描かれています。

他方、オリエント・レディでは、31年もの長い間、社長の座に座っていた田谷穀一の体調に異変が生じたところでプロローグは終わります。
このわずか9頁から20頁のプロローグを読んだだけでも、アパレル業界の変遷と販売形態の多様性などがわかりますね。(^O^)

第一章では、昭和5年の春に時代が戻ります。
山梨県在住の15歳の少年、池田定六(いけだ ていろく)の出自と、池田家の裏手に在住する田谷家の人たちとの関係から物語は始まります。
池田定六は後のオリエント・レディの創業者となる人物です。

戦後の時代は和装から洋装に移ります。
三越などのデパートや、洋裁学校、ファッション誌や女性誌の台頭など、ファッションをめぐる動きが活発になります。

昭和28年の3月に田谷穀一は上京してオリエント・レディに就職し、池田の部下として働きます。
後にイトーヨーカ堂の社長となる伊藤雅俊(いとう まさとし)との出会いや服地の織物会社との交渉など田谷の着眼点は鋭いものがあり、彼の実力に磨きがかかっていきます。

第二章では、「イージー・オーダー」(同書、97頁)という言葉が出てきます。
「マネキンに服を着せた服は、目立つのでよく売れる。」(同書、97頁)
夢を売るための服という概念は時代を超えて今も変わらないようですね。
マネキンと凛のスタイルは大きく隔たっておりますが……。(^^;

第三章の「百貨店黄金時代」というタイトル(同書、102頁)からもわかるように、小田急百貨店、松坂屋銀座店、伊勢丹などデパートが婦人服販売を席巻します。
時代はさらに進み、有名デザイナーたちが脚光を浴びるようになるとファッションショーも賑やかになります。
雑誌やテレビCMで次々に各メーカーが新しい提案をして消費者の購買欲を強く刺激します。

第五章のタイトル「社長交代」(同書、220頁)で漸く田谷はオリエント・レディの社長の座を射止めます。

下巻では、第六章から第十章まで物語が続きます。
上巻で大きく押し寄せた時代の波に乗って業績を伸ばしたオリエント・レディですが、下巻では一転、次々と眼下に押し迫る深刻な問題に、社長の田谷はどのような考え方や行動を周囲に示したのでしょうか。
何故に田谷は31年間も社長の座に居座ることができたのでしょうか。

そして、下巻のエピローグの305頁から316頁で、読者は何を感じることができるでしょう。
あとはあなたが読まれてからのお楽しみに!(^-^)

上巻の巻末には「アパレル用語集」(276頁~286頁)が収録されていますので、業界に詳しくない方でも大変わかりやすくなっています。

この小説にはユニクロやオンワード樫山などの会社や経営者などの実名が多く登場していますので、ルポルタージュを読んでいるような感覚の読者がいらっしゃるかもしれません。

では「オリエント・レディとは実在している会社なの?」
「田谷穀一って実在の人物?」
という疑問が生じる方も多いことでしょう。
アパレル業界に詳しい方は「この会社だ!」「この人だ!」とすぐにわかるかもしれません。

疑問の答えは、下巻の巻末の「主要参考文献」(317頁~319頁)からわかるでしょう。
また、同じく下巻の巻末、林 芳樹(はやし よしき)氏の「解説」から詳しい情報が得られますので、是非とも最後までお読みくださりますように。(^O^)

作者の紹介です。
黒木 亮氏は、都市銀行、証券会社、総合商社など海外勤務も含めたビジネスマンを経て退職されました。
2000年に長編国際経済小説『トップ・レフト ウォール街の鷲を撃て』で作家デビューされました。
この作品は、2000年に祥伝社から単行本刊行されたのち、2005年に角川文庫で刊行されています。
専業作家として多くの作品が刊行されています。
「1988年より英国在住」であると文庫本上下巻の著者紹介に掲載されています。

最後に。
アパレル業界をとりまく時代は、小説のエピローグからさらに進んでいます。
Z世代が社会人となる今から未来に向けて、新たな考え方でアパレル産業を成長させてくれることに凛は期待します。\(^o^)/

かつては季節の変わり目のセール品に群がっていた凛です。
あれもこれもと激しい物欲とのせめぎあいの結果、着られなくなった服の整理に追われることになっていました……。(-_-;)

現在では「今の凛にとって何が必要か」「それは本当に欲しいものなのか」「似合っているか」「疲れないか」「ご縁があれば」という視点で購入したいなと考える凛です。
それはファッションだけでなく、モノの購入にもあてはめているこの頃ですねえ。(^-^)

あなたにとってファッションとはどのような位置付けとなっていますか。

今夜もあなたにおすすめの一冊でした。(^O^)/

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黒木亮著(集英社文庫、2024/05発売)
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黒木亮著(集英社文庫、2024/05発売)
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2024年11月8日金曜日

大切なものは、ゆるやかに、愛おしく、切なく、移ろいゆく ~津村記久子『水車小屋のネネ』(毎日出版、2023年)~

こんばんは。南城 凛(みじょう りん)です。
今宵も凛のりんりんらいぶらり~にようこそお越しくださり、ありがとうございます。
お休み前のひとときに、ごゆっくりとおくつろぎくださいませ。(^-^)

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

大変ご無沙汰いたしております。南城 凛で~す!(^O^)
あなたはお元気でしたか。
凛も元気にしています。

ブログを5月に更新してから5か月以上もお休みしてしまいました……。(-_-;)
この期間に凛のりんりんらいぶらり~を訪れてきてくださった方々に感謝いたします。m(__)m
凛はしばらくの間、充電していました。

大変お待たせいたしました。
凛のブログ、再開します!!
今後とも何卒よろしくお願いいたします!<m(__)m>

日本列島の夏は暑かったですね!
暑い期間が長くて、夏を引きずっていた凛ですが、気がつけば今年もあと2か月もありません。
書店や雑貨店の売り場では来年のカレンダーや手帳、日記帳などの人気商品が続々と減っています。まだの方はお早めに。
季節商品の売り場から時節を感じる凛です。
いつまでも足踏みしているわけにはいきません。
時は待ってはくれませんから。(^-^)

今回ご紹介いたします本は、40年に及ぶ時の流れの中で、母親と別れて二人で支え合って真摯に生きる理佐(りさ)と律(りつ)の姉妹の成長物語を基軸にした小説です。
姉妹を温かい目で見守る周りの人々のそれぞれの人生を織り込み、人間と会話のできるヨウムのネネとの交流をエッセンスとして描かれています。

読者は彼女らに寄り添い、時には怒り、時には不安を覚え、そして涙します。
読後は、まるで夢を見ていたのではないかと不思議な感じを抱きながら、心が温まる確かな感覚が体感できる物語です。

津村記久子氏(つむら きくこ)氏の長編小説『水車小屋のネネ』(毎日新聞出版、2023年)です。
この作品は現在のところ単行本のみの発刊となっています。

凛が持っている単行本は、2024年4月10日付の第13刷です。
初版が2023年3月4日の刊行です。
初版発刊から約1年過ぎての4月10日で13刷となっていますので、大変人気のある作品であるのがわかりますね。(^O^)

はじめに、凛がこの本を入手したのは、この作品が今年の4月10日に本屋大賞で第2位となったことが決め手となりました。
初刊本の刊行以来、書店で目にしてずっと気にはなっていたものの、485頁と分厚い本ということもあってなかなか購入するには至りませんでした。
やはり本屋大賞第2位で話題になったことは大きかったですね~
凛は30分ほど歩いたところにある全国的な書店で購入しました。

次に、帯や表紙についてです。
一番目は、帯について。
書店によっては凛が持っている本の帯とは異なるデザインになっているものが並べられている所もあるかもしれません。
ここでは凛の持っている本の帯に言及いたしますね。

凛が持っている本、13刷の帯の表表紙側には、「2024年本屋大賞 第2位」の文字が大きく目立ち、下のほうには「第59回谷崎潤一郎賞受賞作」ほか、文学賞の順位などが書かれています。

同帯の裏表紙側には「〝誰かに親切にしなきゃ、人生は長く退屈なものですよ〟」「ネネに見守られ、変転してゆくいくつもの人生──」など、心にささるような言葉が書いてあります。
実際に読んだ後にはいつまでも心に残ってジーンとした訳でありまして……。(^-^)
イラストレーターの北澤平祐(きたざわ へいすけ)氏による二人の姉妹とネネのイラストがとてもほっこりさせてくれます。

二番目の表紙についてです。
表紙の新しい楽しみ方!
あなたがこの本を購入されたら、本から表紙を外してみましょう。(^O^)

表紙は全体にびっしりと細部まで描かれています。
左側から右側へと流れるような描き方は、まるで平安時代の絵巻物のようです。

表表紙側の最も中心部にあたる部分では、水車小屋の前で姉妹らしき二人がネネと一緒にいます。
木の根元には、本を開いている律と、ラジカセを持って音を楽しんでいる友だちが仲良く座っています。
ネネもラジカセの音を聞いているようです。

表表紙側の下部では、蕎麦屋さんの店頭で経営者のご夫婦と理佐らしき女性が働いており、ネネがその様子を見ています。
赤いクルマには赤いベレー帽の女性がハンドルを握っており、後部座席には律と思われる女の子とネネが一緒に座っています。

その右上では、スケッチブックを持った赤いベレー帽の女性と律らしい女の子が立っていて、二人をネネが小枝から見つめています。
スケッチブックにはネネらしき鳥が描かれています。

裏表紙側の上部では、小学校から帰宅する子供たちが笑顔でいます。
それから若い女性が赤い自転車を押しながら男性と話して歩いています。
自転車のかごにはネネがいます。

その右側にはカンバスに向かって絵を描いている赤いベレー帽の女性と、傍らには若い女性がいて、肩にネネがちょこんと乗っています。
その上部では、飛び立つネネを男性と二人の女性が見送っています。満開の桜が綺麗です!

裏表紙側の下部では、柿がたくさんなっている木の下で本を読んでいる女性と男性。
その右側では、雪が降る中、向き合っている男女が真剣な表情で話している様子です。

読む前からストーリー性を感じられる、とても手の込んでいる表紙となっています。
全体的に淡く優しい色合いで、人々の顔の表情が温かく、見ているだけでも優しい気持ちになれそうです。
表紙に物語が詰まっています!

勿論、書店では表紙は外さないでくださいね。
購入後のお楽しみにとっておきましょう!(^O^)

装幀は、中島 香織(なかじま かおり)氏です。
イラストは、北澤 平祐(きたざわ へいすけ)氏です。

作中には北澤氏のイラストが描かれていますよ。
読後も頁を開き、北澤氏の世界に何度も触れてしまいたくなった凛です。(^O^)

それでは、内容に入りますね。
物語は、第一話の1981年から始まります。
そして10年後の1991年が第二話、さらに10年経った2001年が第三話、第四話が2011年、エピローグが2021年と、10年毎に物語が展開してゆきます。

第一話の1981年、18歳の姉の理佐と、8歳で小学校2年生の妹の律が駅のホームに立って特急列車が来るのを待っている場面から物語は始まります。
そこには親の姿はありません。
姉と妹の二人だけで特急列車で地方へと向かうのです。

8頁にはその時の様子を描いた挿絵があります。
理佐が持っているのはボストンバッグ一つ、律はランドセルを背負い、律の両手には本が詰まった布のバッグを持っています。

姉妹は親元から離れて引越し先へ向かっていたのでした。
理佐の胸中は、これから必要に迫られる家電や生活費用などの算段が現実の問題として何度も突き付けられて穏やかではありません。

理佐は18年の人生において大きな選択を決断したのでした。
これから律と二人で暮らしてゆく。
これから律を自分が育ててゆく。

え?理佐にそんなことができるの?
ほっこり系の物語と違うの?
「はい」「いいえ」と、どちらの要素も含まれる物語です。
何故ならば、厳しい現実と、ほっこりと心温まる世界が交錯している作品だと凛は考えます。

具体的に触れてみましょう。
まず、厳しい現実のほうからです。(-_-)
「入学金が振り込まれておりませんが、」(同書、15頁)から始まる理佐と律に迫るただならぬ現実が具体的に示されています。
母親とパートナーの男性の姉妹に対する辛辣な言動と行為がこれでもかというくらいに執拗に続きます。
理佐は短大に進めず、アルバイトに行かなければならなくなりました。

ある夜、アルバイト先から帰宅途中の理佐は、児童公園のベンチにたった一人で座っている律を発見して驚きます。
「『だめじゃないの!なんで夜にこんなとこにいるの!』」(同書、23頁)
「お姉ちゃん?と怯えてベンチから飛び退いて走り去ろうという体勢を取っていた律は、突然走り寄ってきて目の前で止まった理佐を見上げて目を見張った。」(同書、23頁)

この時、本が大好きな律は理佐から声をかけられて驚き、ベンチで読んでいた本を地面に落としてしまいました。
その本が何だったのかは伏せておきますね。
この後も律の読んでいる本がたくさん出てきます。
律には本が友だちのような存在だったのでしょう。

この時の様子は、22頁の挿絵でわかります。
姉妹の置かれた環境に対する怒りや、耐え忍ぶしかなかった二人の悲しみが凛を覆いました。(T_T)
律が家に入れない状態だったことがわかり、理佐は大変衝撃を受けました。
姉妹にとって辛いことがまだまだ続きます。

姉妹の母親は毒親なのか……。
作者は悪人を明確にして、読者にわかりやすく投げかけます。
受ける側の読者は、理佐と律に感情移入をしやすくなるでしょう。
時には激しい痛みを感じ、傷つき、えぐられるほどの衝撃もあります。(-_-;)
それらに耐えられる読者の修養となるこれからの40年の重みを感じつつ、頁は進んでゆきます。

では、ほっこりするほうにいきましょう。(^O^)
姉妹が乗った特急電車の行き着く先は、地方のそば屋でした。
理佐は律を連れて、働く目的でそば屋に面接に行ったのですが、「思ったより山深い場所だったけれども、自然に恵まれている、という意味では本当にいいところだった。」(同書、33頁)というのが理佐の第一印象でした。
「特急を降りると、そこにあるわけでもないのに川が流れる音が聞こえたことを、理佐はその後もずっと覚えていた。」(同書、同頁)

このそば屋で働くには「『鳥の世話じゃっかん』(同書、32頁)という業務があります。
「鳥」とは、後に出てくるヨウムのネネです。
ここから理佐と律、喋るネネとの物語が始まります。

姉妹にはそば屋の店主のご夫婦、地域の人々、学校の先生などとの触れ合いがあります。
登場人物たちの背景にある悲喜こもごもに寄り添いながら、読者もリアルタイムで彼らと共に進んでいきます。(^-^)

生きていくための厳しい現実の数々と、それらの対極にある夢物語のような温かい世界が幾重にも織り成してゆきます。
こんなことあるの?
こんな展開があるの?
決して読者を飽きさせることがなく、気がつけば40年の月日が流れてゆきます。

10年毎に描かれる時代背景には、こういう音楽が流行ったなあ、このような小説を読んだものだったなあ、などと読者が大いに共感できる部分が盛り込まれています。
変わりゆくもの、変わらないもの、変わって欲しくないもの……。

凛もあなたも同じ時間を生きています。
人生の機微を感じつつ、あっという間に時は過ぎゆくものだ、ということに気づかされる物語でもあります。
1981年の10年後から40年後の2021年までの40年間の壮大な物語。
読後のあなたは、本から外した表紙を何度も眺めたくなることでしょう!(^-^)

作者の津村記久子氏は、2009年、小説「ポトスライムの舟」(『ポトスライム』(講談社、2009年、のち講談社文庫、2011年))第140回芥川賞を受賞☆彡☆彡された他、太宰治賞、川端康成賞、織田作之助賞、芸術選奨賞など多くの受賞歴があります。☆彡☆彡☆彡 \(^o^)/

津村氏「水車小屋のネネ」でも2023年、第59回谷崎潤一郎賞を受賞されています。☆彡☆彡 \(^o^)/
注目度が非常に高い作家です。

まとめ。
理佐と律の姉妹は母親との軋轢から非常に厳しい環境に置かれていましたが、新しい環境に身を置き、強く逞しく生きてゆきます。
一方では、現代の誰もが抱えている悩みや苦しみが述べられているものの、他方では、溢れんばかりの幸福度満点のお話が織りなされている物語です。
理佐と律の姉妹とヨウムのネネだけでなく、作中の登場人物を通して読者はあらゆる感情をもって彼女らの一人一人と寄り添うことになるでしょう。

帯の「〝誰かに親切にしなきゃ、人生は長く退屈なものですよ〟(同書帯)という文面が読後に染みわたります。
40年もの間に、大切なものを育み、真摯に生きていく人々からあなたは何を受け取るでしょうか。

最後に、帯の説明についてひと言。
帯は出版社の宣伝なのだから帯の説明は不要、というご意見もあります。
凛は、帯には読者に伝えたい言葉が凝縮されている、と考えます。

帯の説明のところでもふれましたが、書店によっては『水車小屋のネネ』の表紙とは別に、もう一枚の表紙がまるごと重ねられている単行本が並べられているかもしれません。
表紙とは異なるイラストの表紙サイズの帯です。
「帯の豪華版」「とっておきの一枚の絵」と言っても過言ではないでしょう。
北澤氏のファンにはたまらない本となりますね!\(^o^)/

本に対する思いは帯だけではありません。
凛は一冊の本に携わる関係者の方々の熱意を感じます。
凛のりんりんらいぶらり~を訪れてくださったあなたに少しでも関心をもっていただけたらいいですねえ。 (^-^)

今夜もあなたにおすすめの一冊でした。(^O^)/

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津村記久子(著)毎日新聞出版(2023/03発売)
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2024年5月15日水曜日

あなたもクルマに乗って人生の冒険をしてみます? ~篠田節子『田舎のポルシェ』(文藝春秋、2021年、のち文春文庫、2023年)~

こんばんは。南城 凛(みじょう りんです。
今宵も凛のりんりんらいぶらり~にようこそお越しくださり、ありがとうございます。
お休み前のひとときに、どうぞごゆっくりとおくつろぎくださいませ。(^-^)

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

あなたはGWはいかがお過ごしされましたか。
連休が長かった方には生活のリズムが乱れて、却って疲れがたまっている方もいらっしゃるのでは。
5月も後半に入りますねえ。
初夏から夏への移行期間で爽やかな季節を迎えています。
7月15日の海の日まで祭日がありませんので平坦な日々を送ることになりますが、乗り切っていきましょう!\(^o^)/

凛は部屋の模様替えをするため、蔵書の整理に追われました。
今回は文庫本を中心に多くの本を整理しました。
400冊以上です……。 
木製の文庫本ラックの1架を思い切って処分しました。

本の整理はまだ完全に終わってはいないので、部屋には段ボール箱が何箱も積み重なっていますが……。(-_-;)
どの本にも思い出が詰まっていて、泣く泣く手放すのはそれはもう辛いものがありますが、、(T_T)
保管するスペースには限りがありますので、気持ちを切り替えて前向きに捉えていきますね。(^O^)

このような重い本を運搬していただくのも運送会社と配達員の方々のおかげですね!m(__)m
流通を担っているのはクルマがあってこそです。

GW中にはクルマでドライブを楽しまれた方も多かったことでしょう。
今や自動運転など今やハイテクマシーンと化したクルマです。
最新の技術が私たちの安全を守ってくれています。
私たちの暮らしにとってクルマは絶対に欠かせない存在ですね。(^-^)
今回ご紹介します本は、ある非日常における時点で、クルマがあって良かった!と思った人々の物語です。
人生の分岐点に立つ主人公にとってクルマが重要なアイテムとなります。
クルマとの忘れられない思い出となっていることでしょう。

篠田節子(しのだ せつこ)氏の中編小説3篇が収められている作品集『田舎のポルシェ』(文藝春秋、2021年、のち文春文庫、2023年)です。
凛が持っているのは文庫本で、2023年10月10日付の初版本です。
単行本は、2021年4月に刊行されています。

はじめに、凛がこの本を入手したのは、おなじみ近所の書店の文庫本新刊の棚でした。
『田舎のポルシェ』
変わったタイトルだなあと思ったのが第一印象でしたね~

次に、帯や表紙についてです。
一番目は、帯について。
凛の文庫本の初版本の帯には、表表紙側に黒色の太字で「日常は冒険に変わる」と目立って書かれています。
その前に「ひとたびアクセルを踏み込めば」と。
おやおや穏やかではありませんね~
安全運転でお願いしますよ~

小さく黒色で「人生の岐路に立ち 秘めた思いを抱いて 一歩踏み出す人々を描く 3篇のロードノベル」
青色で「笑って、泣いて、ハラハラして 現代人へ送るエール」(以上、文庫本新刊帯)
なるほど~ これは読後に爽快感が得られそうです!

二番目は、表紙について。
表表紙は、全体に青色がかっている中で、中心部に白い軽トラがデーンと横断歩道の真ん中に鎮座しています。
その軽トラの荷台には、紫色の作業着を着た男性が白いヘルメットをかぶって立っています。
助手席には女性が座っており、窓からこちらを見ているか、あるいは他のことを考えているかのようにも見えます。
全体が青みがかっており、交差点付近の人影もまばらなので、早朝、夜明け間近かもしれませんね。

裏表紙側の説明文では、表題作の「田舎のポルシェ」についての概要が紹介されています。
主人公の翠(みどり)は「実家の米を引き取るため、助っ人の車で岐阜から東京へ向かうことになった(以後省略)」と。
彼女の前に現れたのは「軽トラに乗った強面ヤンキー!」
「さらには大型台風が迫り──。」
「往復1000キロ、波乱だらけの強行軍を描いた表題作」(以上、文庫本初刊)

Oh!これは篠田氏独特の世界。
まさしくハラハラドキドキのジェットコースターに乗っているかのごとく読者を飽きさせないロードムービーの小説ですね。

文庫本のイラストは、太田侑子(おおた ゆうこ)氏です。
デザインは、城井文平(きい ぶんぺい)氏です。

では、内容に入ります。
以下の中編3篇が収められています。
「田舎のポルシェ」
「ボルボ」
「ロケバスアリア」

文庫本の解説は、細貝さやか(ほそがい さやか)氏です。

第1話「田舎のポルシェ」
文庫本の裏表紙の説明文で概要はつかめると思います。
会社員の増島翠(ますじま みどり)は、東京郊外の実家の米農家の娘です。
事情があり、台風が迫る中、大量の米を岐阜まで運ばなければならなくなりました。
知人の紹介で瀬沼(せぬま)と名乗るヤンキーの恰好の男性と軽トラで移動するのです。

米農家や自営業の苦悩、家庭の事情など個々に事情を抱えており、クルマの走行距離が延びるうちにだんだんと明らかになってゆきます。
二人は悪天候の中で米を無事に運んでいけるのでしょうか……。
背景に台風という制限を課して、そこから脱出する術の見事さ。
篠田氏の真骨頂ともいえる作品です。

第2話「ボルボ」
共に定年組である斎藤克英(さいとう かつひで)と伊能剛男(いのう たけお)はそれぞれ異なる元大手企業の会社員でした。
二人は妻の趣味がご縁となり、定年後に知り合いました。
両者の定年後の暮らし向きは一見余裕があるように見えますが、両家の事情と懐具合が微妙に交差しています。

斎藤は伊能が長年運転してきたボルボで北海道まで同乗することになります。
旅先で思わぬ事件が発生します……。
互いの腹の探り合いがだんだんと顕著になっていく様が絶妙です。

第3話「ロケバスアリア」
畔上春江(あぜがみ はるえ)は、孫の藤森大輝(ふじもり だいき)が運転するロケバスに乗って東京から浜松市の湖月堂(こげつどう)ホールまで向かいます。
春江が趣味とするオペラをホールで歌い、画像をDVDに収録するためで、DVD制作専門家の神宮寺(じんぐうじ)も同乗しました。
ロケバスには化粧やドレスの着替えなどできるようにしつらえてあります。
ちょうどコロナが流行していた時期で、ホール並びに移動にも制約が伴いました。

ホールでは雨が降り、悪天候に見舞われました……。
そこから物語が発展してゆきます。
人生模様を語り合い、理解し、受容していく過程が読者には心地よく響きます。
物語の最後はこんなオチがあったのかと驚き、読者は感動で胸がいっぱいになること間違いありません!

作者の篠田節子氏については、2020年5月2日付の「新鮮で美味しいサラダを求めて」のタイトル(ココにてご紹介していますので割愛させていただきます。

最後に。
安定感のある篠田節子氏のクルマに関するロードノベル中編小説3篇は篠田氏の世界が堪能できます。
まずは、篠田氏特有のハラハラドキドキする設定があります。
加えて、登場人物たちが抱えている様々な事情が決して特殊なわけではなく、誰にでもあてはまりそうな部分もあるので、共感を得る読者も多いでしょう。

作中人物たちは目の前の問題をどうやって突破していくのでしょうか。
彼ら、彼女らがとった思考と行動は一見無謀かもしれませんが、成就された時の爽快感が何ともすがすがしいものです!\(^o^)/
登場人物たちにエールを送りたくなる作品です。

文庫本の巻末286頁の「謝辞」を是非お読みくださることをお勧めいたします!(^-^)
篠田氏のご執筆にあたる誠意が読者に真摯に伝わり、再度感動をもたらすのではないかと凛は考えました。

クルマとの付き合い方を大切にしたいですね。
人生の冒険とまではいかなくても、クルマがあって良かったと思うことは多いものです。
勿論、安全運転でいきましょう! (^^)v

今夜もあなたにおすすめの一冊でした。(^-^)

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2024年4月1日月曜日

虚と実の狭間を浮遊する ~小川哲『君が手にするはずだった黄金について』(新潮社、2023年)~

こんばんは。南城 凛(みじょう りん)です。
今宵も凛のりんりんらいぶらり~にようこそお越しくださり、ありがとうございます。
お休み前のひとときに、どうぞごゆっくりとおくつろぎくださいませ。(^-^)

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

各地で桜の開花宣言が出ています。
桜の開花前線はこれからだんだんと北上していきます。
お花見で春を楽しみたいですね。(^O^)

あなたはどのような春をお過ごしになりますか。
これから温かくなりますので行楽にお出かけする方も多いことでしょう。
季節の変わり目はお天気も変わりやすいようです。
晴れた日ばかりとは限りません。
晴れたり曇ったり、時には雨や突風もある春。
凛は変わらず読書を楽しんでいきたいです。(^-^)

4月10日には2024年の本屋大賞の発表があります。
今年も10作品がノミネート☆彡されています。
どの作品が大賞を受賞されるのでしょうか。
全国の読書家が楽しみに待っていらっしゃることでしょう。
今回はノミネート作品の1冊をご紹介しますね。(^O^)

虚と実との境目が明確でない世界を体験できる小説、小川哲(おがわ さとし)氏の連作短編集『君が手にするはずだった黄金について』(新潮社、2023年)です。
2023年の10月に刊行された単行本です。
凛が持っている本は初版本です。

はじめに、凛がこの本を手にしたのは、昨秋訪れた各書店の新刊コーナーです。
その後、凛の地元のラジオ番組でこの本の紹介と、小川氏ご本人の電話出演もあったことでより強く印象に残りました。
某大手書店で小川氏のサイン本と出合ったことで即買いすることにしました。

サイン本は、凛にはまるで宝物のようにキラキラ輝いて見えてしまいます。
著者、出版社、書店との販売作戦に見事はまってしまう凛なのです。(^^;
小川哲氏のサインは可愛らしい感じで微笑んでしまいます。
作品から硬派のイメージを持っていたのですが、柔らかい印象のサインは意外でした。

次に、帯や表紙についてです。
まずは帯ですが、凛が購入した初版本では画像の帯とは異なっています。
現在は本屋大賞のノミネート作品である帯が付いている本が多いことでしょう。

凛の初版本の帯の表表紙側には、「直木賞受賞第一作」として「認められたくて必死だったあいつを、お前は笑えるの?」という文言が書かれています。
その下に小さな文字で「才能に焦がれる作家が、自身を主人公に描くのは〝承認欲求のなれの果て〟」。(同書)
帯には作家の朝井リョウ(あさい りょう)氏ほか二名の感想が読者を誘います。

初版本の帯の裏表紙側には、「いま最も注目を集める直木賞作家が成功と承認を渇望する人々の虚実を描く」と書いてあり、本のタイトルの「君が手にするはずだった黄金について」の篇のあらすじが出ています。
難しそうに感じるかもしれませんが、本を最後まで読めばこの帯の文言は秀逸であることがよくわかるように考えられているなあ、と感心した凛です。

二番目は表紙についてです。
表表紙は全体が白地の中、中心部には各色のサテンリボンで作られた花束に見える形状のものがデーンと目立っています。
授賞式に作家におくられる花束のようでもありますが、すべてをサテンリボンで覆われた人工的な花束は、何やら意味深でもありますね。
裏表紙側は花束はなく、真っ白です。

カバーは、Art works by takeru amano、あまの たける氏です。
装丁は、新潮社装幀室です。

それでは、内容に入ります。
作品は以下の6篇の連作短編です。
「プロローグ」
「三月十日」
「小説家の鏡」
「君が手にするはずだった黄金について」
「偽物」
「受賞エッセイ」

「プロローグ」では、2010年に「小川」(おがわ、同書22頁)という大学院生の青年が就職活動をするため、出版社の新潮社のエントリーシートを取り寄せた際、その中にある質問に考え込むところから始まります。
質問は「プロローグ」の冒頭に出てきますので、是非お読みいただきたいと思います。

当然ですが、小川青年は出版社を希望するからには数々の文学に触れてきています。
作中には「ジョン・アーヴィング」(7頁)や「スタインベック、ディケンズ、モーム、サリンジャー、カポーティ」(8頁)などの世界の文豪の他、「クレストブックス」(同頁)という新潮社刊行の世界文学を紹介している人気のシリーズ本も好んで読んでいます。

そこまでは順調だったものの、小川青年はある質問に辿り着き、「『怒りの葡萄』、『ガーブの世界』、『夫婦茶碗』」(8~9頁)の三冊で答えようとしますが、ここで逡巡するのです。
彼はこれまでの人生を振り返り、「人生において重要だったもの」(9頁)をあれこれと自身に問いかけてゆきます。
文豪だけでなく、哲学者の「バートランド・ラッセル」(12頁)の理論の他、様々な哲学者の名前を挙げて、小川青年の脳内はエントリーシートから広がっていくのを自認します。

小川青年は当時付き合っていた彼女「美梨」(みり、10頁)を登場させて読者をホッとさせますが、それは一瞬のことで、美梨とも哲学の会話を続けます。
その間、エントリーシートは白紙のままです……。

美梨との交際は続いていますが、果たして美梨の本心はどこにあるのでしょうか。
行間には二人の関係が安定していないことが込められているようにも見えてきます。

このように書きますと、読者には頑なである小川青年の性格についていけなくなる方もいらっしゃるかもしれません。
帯にも描かれているように「承認欲求」の強い自我を見せる小川青年ですから、読者の立ち位置としては彼から適度に距離を置きながら触れていくと全体が見えてくるのではないか、と凛は考えました。

この「プロローグ」で意識したいことは2010年であることです。
次の「三月十日」の篇では、2011年3月11日に起きた東日本大震災から3年を経た年の3月11日、その夜に彼は高校時代の同級生たち4人で飲み会をします。
彼らは「スノボ計画」(47頁)の仲間で、3年前の3月13日に行く予定でしたが、大震災のために中止となっていました。

その話題から、小川は3年前の大震災の前日は何をしていたのか、という疑問を持つことになります。
彼は疑問を解決するために、自身の記憶を頼りにしながらあらゆる手段を用いて辿り着くのです。
その執着ぶりには研究者かと思わせるほどの思考の回路を見せます。
例えば、かつて使用していた携帯に電源を入れるためにどうすべきか、などなどです。

この篇では、彼は既に作家になっています。
作家とはこのように理論が展開していくのかと感心することも多かった凛ですね~ (^.^)

6篇のタイトルを見れば、時系列に作家という職業の小川氏の手の内を見せているかのようでもあり、実は逆かもしれません。
どれが本当で、どれが嘘であるのか。
読者は虚と実との間を浮遊して読んでいるかの如く体験できます。
真偽の境目の線上で掴むことができそうでできない、という読者が体験する知的ジレンマがこの作品の魅力ではないでしょうか。

作者の小川哲氏についてです。
「哲」は「てつ」ではなく、「さとし」です。

2017年、SF小説『ゲームの王国(上・下)』(早川書房、2017年、のちハヤカワ文庫JA、2019年)第38回日本SF大賞を受賞☆彡、第31回山本周五郎賞を受賞☆彡されています。\(^o^)/

2022年、長編小説『地図と拳』(集英社、2022年)第13回山田風太郎賞を受賞☆彡、翌年には第168回直木三十五賞を受賞☆彡☆彡されています。\(^o^)/

2023年、小説『君のクイズ』(朝日新聞出版、2022年)第76回日本推理作家協会長賞長編および連作短編集部門を受賞☆彡されています。\(^o^)/

他にも多くの作品をご執筆されています。
書店では常に目立つ所にあるので、小川氏の人気の高さがわかりますね。
今後ご活躍に目が離せない作家のお一人です。

最後に。
全体に作家という内面を「小川」氏特有の複雑な理路で進んでいきます。
「小川」という作家を構成していく過程、及び彼の周辺の登場人物たちとの絶妙な距離感、それらは緻密に計算されていると思えてなりません。

読者は虚実の狭間をふわふわと浮遊するような感覚で読み解いていく知的体験ができます。
もしかしたら物質文明の地球上ではなく、全く異なる次元での話かもしれません。
まるで異次元の世界を漂っているかの如く、時間、空間、現象、事象、その他諸々のアイテムを駆使したこれらの「小川」氏からの挑戦に対峙してみてはいかがでしょう。

初版本の帯の言葉、作家の「承認欲求の成れの果て」を認めるか、認めないかは読み手であるあなた次第でしょう。(^O^)
つまりは、読者のあなたが中心になって物語は進むのです。

あまり難しく考えずに、是非気軽に読まれてくださいね。 
4月10日の本屋大賞の発表も楽しみです。\(^o^)/

今夜もあなたにおすすめの一冊でした。(^-^)

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2024年3月1日金曜日

人生の無駄遣いではないよ ~町田そのこ『52ヘルツのクジラたち』(中央公論社、2020年、のち中公文庫、2023年)~

こんばんは。南城 凛(みじょう りん)です。
今宵も凛のりんりんらいぶらり~にようこそお越しくださり、ありがとうございます。
お休み前のひとときに、どうぞごゆっくりとおくつろぎくださいませ。(^-^)

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

3月、春の季節の到来ですね!
暖かくなれば着る服も軽くなります。
優しい色合いの服に包まれて、心も軽~くなりたい凛です。(^O^)

「いえいえ凛さん、花粉症で体調がすぐれず、春のファッションを楽しむどころではないんですよー」
確かに花粉症の季節ですよねえ。(-_-;)
身体と向き合って、体調に気をつけていきましょう。
あなたはいかがお過ごしですか。

この3月に映画が公開されるということでメディアで話題になり、原作の小説を読んでみました。
町田そのこ(まちだ そのこ)氏の小説『52ヘルツのクジラたち』(中央公論社、2020年のち中公文庫、2023年)です。
この作品は2021年、第18回本屋大賞の第1位を受賞☆彡しています。\(^o^)/

はじめに、凛がこの本を知ったのは、2021年の本屋大賞の受賞☆彡からです。
以来ずっと読みたいなと思っておりましたが、町田氏の他の作品を先に読んでいました。
3月からの映画公開を機に、近所の書店で購入いたしました。
凛が購入したのは文庫本で、2023年の12月15日発行の第9刷です。
文庫本の初版が同年5月25日ですから、人気度の高さがわかりますね!

次に、帯や表紙についてです。
一番目は、帯からです。
凛が持っている文庫本の第9刷は、映画公開前ということで帯も映画の宣伝になっています。
「映画化決定!」
「2024年3月全国公開」
表表紙側には、主演の杉咲花(すぎさき はな)さんの写真が掲載されています。
監督の成島出(なるしま いずる)氏のお名前も紹介されています。
ワクワクしますね~!(^O^)

第9刷の帯の裏表紙側には、「2022年本屋大賞 連続ノミネート!」で単行本の小説星を掬う(すくう)』(中央公論新社、2021年)の概要が掲載されています。

二番目は、表紙についてです。
凛の第9刷の文庫本の表表紙は、紺色を地色として動物たちや小物などがたくさん描かれています。
中には生ビールやソフトクリームも!
小説を読めばどこで登場するのかがわかりますよ~
温かみのある可愛いイラストです。
見方によっては、イラストの全体が教会のステンドグラス風にも思えます。

裏表紙側の説明文では、「52ヘルツのクジラとは、」から始まり、その説明が書いてあります。
それが何なのか気になる方は、是非文庫本を手にして読まれてください。
「孤独ゆえ愛を欲し、裏切られてきた彼らが出会い、魂の物語が生まれる。」(同書)で終わっています。

カバーイラストは、福田利之(ふくだ としゆき)氏です。
カバーデザインは、鈴木久美(すずき くみ)氏です。

解説は、ブックジャーナリストの内田剛(うちだ たけし)氏です。
「感動の先を見せてくれる『絶景本』」というタイトルの解説文です。

それでは、内容に入ります。
物語は全8章で成立しています。

第1章の「最果ての街に雨」は、大分県の海の見える町で、主人公の貴湖(きこ)が越してきた古民家の修繕をする場面から始まります。
住宅の修繕業者の村中真帆(むらなか まほろ)は彼女に不躾な質問をします。
驚いている彼女を見て、村中の部下のケンタは申し訳なさそうに上司の村中をけん制しながら村中を擁護します。
地元の住人たちにとっては、突然東京から移住してきた貴湖を謎めいていて訳ありだと思っています。
彼女は東京での辛い過去の体験を秘めていました。

食料品や日用日を買うにしてもお店は「コンドウマート」(文庫本第9刷、9頁他)しかない集落なので、スマホも運転免許も持っていない貴湖にはなかなか不便な所です。
働いていないにも関わらず経済的には余裕のあるように見える彼女にまつわる噂は、コンドウマートに集まる高齢者の間でもちきりとなっていました。
そのことを村中は彼女に直接的に伝えます。
彼女にとって村中は貴重な情報提供者ともいえましょう。

「あんた、人生の無駄遣いやがね」(同書、27頁)
ある日、貴湖がコンドウマートで買い物をすると、その店で売られている派手なムームーを着た高齢の女性から強く言われました。
どうやら若い女性が働かずにしてのんびり過ごしている姿に腹を立てている様子なのです。
移住者に対してよそ者扱いをしているのは見え見えと受け取られても当然です。

ここで凛は疑問をもちました。
「人生の無駄遣い」とは何を根拠にして捉えるのでしょうか?
時間や労働、経済の視点からでは、少しの猶予も与えられないものでしょうか?

貴湖は何故に他人からこのようなことを言われないといけないのかと戸惑ってしまいました。
価値観の違いにおいて、人との距離の難しさがわかる箇所です。
近年は都会から地方への移住を奨励している自治体もあります。
移住を決断するには一時的な滞在の旅行者とは全く異なる覚悟をもたなければいけない、と凛は考えました。

貴湖の記憶の中から度々蘇る「アンさん」(同書、16頁)という人物がいます。
迷ったり、困ることがあると必ず「アンさん」と彼女はアンさんに問いかけて、アンさんからの答えを探ります。
アンさんとは一体何者なのでしょうか。

第2章の「夜空に溶ける声」では、古民家の住人となった貴湖の家に少年が訪れます。
彼女は少年に「キナコ」(同書、61頁他)と自己紹介をします。
少年は喋ることができない模様で、庭の地面に自分の名前を『ムシ』(同書、同頁他)と書きます。
少年ムシはどうも虐待を受けているのではないか、と貴湖は直感します。
何故ならば、彼女にも家族から受けた耐え難い過去の体験があるからです。

ここからキナコと少年の物語が始まるのです!(^O^)

貴湖や少年、そしてアンさんなどの経歴については、読んでいくうちに追い追い読者は知ることとなります。
彼女らにまつわる複雑な事情は、壮絶な辛い過去の鋭利な刃となって読者に突き付けます。
章が進む度に彼女たちの過去と現在が交錯しながら進みます。
貴湖の過去は度々フラッシュバックとなって彼女を苦しめます。

この表現形式は町田氏の小説の特徴である、と凛は考えます。
ある時は、ダイレクトにこれでもかというくらいにドーンと激しい言葉を用いて読者を刺激します。
次々に知ることとなる驚愕な過去と現在進行形の現実に読者はおののくでしょう。
これほどまでに辛い仕打ちを登場人物に体験させないで欲しい、と願ってしまうほどにです。

またある時は、謎めいた形で描き、オブラートに包んだような印象を与えます。
え?登場人物たちは何を秘めているのだろう?
もっと先が知りたい!という欲求が生じます。 
それはそれはじれったいほどに……。(^^;

町田氏は物語の随所に伏線を張り巡らせています。
作者からの強弱のあるメッセージ性を読み取ることは、複雑な伏線があるからこそ成立する技法といえましょう。
伏線は様々なグッズも含まれます。
これらの技法によって、読者は先が気になって頁をめくる手がやまないのがわかりますね。

作者の町田そのこ氏について。
町田氏は、2016年、小説「カメルーンの青い魚」で第15回女による女のためのR-18文学賞の大賞を受賞☆彡されました。\(^o^)/
この作品は『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』(新潮社、2017年、のち新潮文庫、2021年)に収録されています。
今後のご活躍が大いに期待される作家のお一人です。

最後に。
貴湖は東京から大分県の海の見える町に移住した当初は自ら孤独を求めていました。
ある日、彼女の家に少年が現れてから彼女は再生してゆきます。
彼女の友人や地元の人たちなどが仲間となって物語はどんどん進みます。
人とのご縁の大切さがわかる小説です。
読後には、タイトルの「52ヘルツのクジラたち」の意味がわかり、感動となってあなたに迫ってくるでしょう。

「人生の無駄遣い」について、読者の心の在り方によって答えはその人それぞれの胸のうちにあるのではないでしょうか。
コスパ、タイパに絡めとられることなく、その自身にとっての価値観を求めていくことこそ人生における必要な時間ではないか、と凛は考えます。

文庫本の表紙の裏には、もう一つの物語が印刷されていますよ!
爽やかな読後感まちがいありません!!\(^o^)/
とても得した気分になれます。
あなたも文庫本の表紙を外して読まれてくださいね!

そして、映画も楽しみです!
是非劇場で観たいですね。(^O^)

今夜もあなたにおすすめの一冊でした。(^-^)

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2024年1月29日月曜日

今年こそ読破したい!紫式部の人生と並行して読める帚木ワールドの『源氏物語』 ~帚木蓬生『香子(かおるこ)(一)紫式部物語』(PHP研究所、2023年)~

こんばんは。南城 凛(みじょう りん)です。
今宵も凛のりんりんらいぶらりにようこそお越しくださり、ありがとうございます。
お休み前のひとときに、どうぞごゆっくりとおくつろぎくださいませ。(^-^)

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

2024年がスタートして早くも一か月が過ぎようとしています。
今年の日本は元日からショッキングな出来事ばかり起きています。

ああ、今日も一日無事に過ごせました。感謝。
という安堵感で眠りに入れる日常の生活が如何にありがたいことでしょう。
平穏で過ごせる日々が最も幸せなのだと実感させられます。

合わせて、非常時のための危機感と水や食料などの備えが大事だということも再認識しないといけませんね。
あなたはいかがお過ごしでしょうか。

世の中はAIなどの新しい技術を導入する時代に既に入っています。
コスパ重視の世の中、スピードは年々早くなってきています。
しかしながら、敢えて古来から受け継がれている普遍的な事柄に注目したい、という欲求がわいてくるのは生身の人間だからでしょうか。

今年のNHKの大河ドラマは『光る君へ』ですね。
凛も毎週楽しんで視聴しています。
あなたはご覧になられてますか。

主演の吉高由里子(よしたか ゆりこ)さんが後の紫式部こと「まひろ」を演じておられます。
まひろさんはどのような経緯で『源氏物語』を執筆するようになるのでしょうか。
彼女の背景でうごめく公家政治の権力とは……。
テレビドラマですので、日本史の教科書で学んだ内容とは若干異なる部分もあるでしょう。
ひとつの娯楽作品として楽しみたいですね~ (^-^)

『源氏物語』全五十四帖。
あなたは読まれましたか。
実のところ凛は最後まで読んでおりません……。(^^;
凛はこれまで谷崎潤一郎(たにざき じゅんいちろう)訳、瀬戸内寂聴(せとうち じゃくちょう)訳、林望(はやし のぞむ)訳に挑戦してきましたが、いずれも途中までの断念組です。
これは現代語に訳された先生方の問題では決してありません。
誤解なきよう、あくまで凛個人の問題なのです。

他にも関連の解説書やガイド本など何冊も蔵書として保管しています。
とは名ばかりで、所謂万年積ん読状態ですね……。(^▽^;)

紫式部はどんなことを考えて人生をおくったのでしょうか。
『源氏物語』はどのようにして書かれたのでしょうか。
作中に出てくる和歌の内容をもう少し知りたいですね。

このような素朴な疑問を解決できるという、まるごとひとつにまとめられた小説があります。
紫式部の人生と『源氏物語』と和歌の解説などが同時に読める大変ありがたい作品が昨年末に出版されました。
帚木蓬生(ははきぎ ほうせい)氏の大長編小説『香子(かおるこ)(一)紫式部物語』(PHP研究所、2023年)です。
書下ろし作品になります。

タイトルに(一)が付いていることからわかるように、この作品は(五)になるまでの五か月の間、毎月連続して出版していくというPHP研究所の一大プロジェクトです。
第一巻は461頁と大変分厚い本ですが、慣れていくうちに気が付けば最後まで一気に読めました。\(^o^)/
漢字にルビがふってありますので読みやすくなっています。

はじめに、凛がこの本を知ったのは某ラジオ番組の本の紹介コーナーを視聴したことによります。
番組に生出演された帚木氏ご本人のお話によりますと、長い間従事されていらした精神科医院のお仕事をご卒業されて、専業の作家になられたとのことでした。

以前にNHKのテレビ番組で帚木氏を拝見した時は落ち着いた話し方の先生といった印象でしたが、ラジオのお声からは非常に明るく快活な方で、この作品への強い情熱が伝わり、新たな帚木ワールドを堪能できるなと思った凛でした。
本は市内の中心街の書店で購入しました。

そもそも「帚木蓬生」というペンネームからもわかることですが、「帚木」は『源氏物語』第二帖の「ははきぎ」、「蓬生」は第十五帖の「よもぎう」から構成されています。
帚木氏『源氏物語』に対する強い意志が伝わりますね!

次に、帯や表紙についてです。
一番目は、帯についてです。
凛が持っている本は、2023年12月26日刊行の初版本です。

表表紙側には、「千年読み継がれる物語は、かくして生まれた」と白地に赤い文字で目立つように書いてあります。
表表紙側の左下には、赤い枠に中に白字で「大河ドラマの主人公・紫式部(香子)の生涯×『源氏物語』」と書いてあり、大河ドラマ放映と同時期の刊行ということで、非常に期待感がわきますね~

帯の裏表紙側には、「五ヵ月連続刊行!」の下に、第一巻から第五巻まで簡単な説明文が紹介されています。
第一巻のところをご紹介いたしましょう。
「香子の物語」では、「父とともに越前へ、そして物語を書き始め……」と黒字で書いてあります。
その右の『源氏物語』では、「桐壺~末摘花の帖」(以上、同書)と赤い字で書いてあり、第一巻は六帖まで読めるのだなと識別できるようになっています。


二番目は、表紙についてです。
表表紙は、紫式部の上半身が描かれています。
裏表紙は、文机の前に座っている紫式部が描かれており、『源氏物語の有名な冒頭文「いづれの御時にか、……(中略)すぐれてときめき給ふ有りけり。」という文字が書いてあります。
表表紙、裏表紙とも格調高い仕上がりになっています。

装丁は、芦澤泰偉(あしざわ たいい)氏です。
装画は、大竹彩奈(おおたけ あやな)氏です。

それでは、内容に入ります。
作品の第一巻は、第一章の「香子(かおるこ)から第十五章の「懸想文(けそうぶみ)」までが収録されています。
凛が注目した四点について挙げます。

一点目は、「香子」という名前についてです。
第一章の始まりで、香子は当初は「きょうし」「きょうこ」と呼ばれていたところが、8歳の春に、父君の藤原為時(ふじわらの ためとき)から今後は「かおるこ」と呼ぶと決めたことを告げられました。
亡き実母が命名した「香子」。
これまで改まった席においては「きょうし」で、身内の間では「きょうこ」と呼ばれていました。

香子は、呼び名を替えることになった理由を父君に尋ねます。
父君は、「そなたの資質は、誰が見ても、他より抜きん出ている。」(第一巻初版本、5頁)と言って、香子の素晴らしい資質を認めています。
その上で、「そして誰もが認める、ひとかどの人物になる。その資質が薫(かお)るからだ。ちょうど、今匂ってくる紅梅(こうばい)のようにな」と。(同、5頁)
香子はまだ8歳なので深い意味はわからない様子でしたが、父君から高い資質を認められたことは彼女の生涯の自信につながったと捉えることができます。

二点目は、血縁と文学についてです。
歌人としては、香子の父方の曽祖父である藤原兼輔(ふじわらの かねすけ)がいます。
兼輔は中納言の位に出世し、醍醐(だいご)天皇の後宮に娘の桑子(くわこ)を入内させ、章明(のりあきら)親王をもうけさせます。
その時の歌が『後撰和歌集』に収められているとして、また、桑子の入内の話が『大和物語』に収められており、さらに歌集の『兼輔集』の存在など、香子はこれらを暗唱するなど繰り返し学んできました。

父方の祖父の藤原雅正(ふじわらの まさただ)や伯父の藤原為頼(ふじわらの ためより)も歌人でした。
香子には幼い頃から、伯父の為頼が所蔵する和書だけでなく、父君が収集していた漢籍など、和漢の多くの書物に触れる機会があったことが第一章に記されています。

第一巻の後の章になりますが、香子が『源氏物語』の執筆の際、父君や母君に読ませて感想を述べてもらいます。
両親が彼女の背中を後押ししてくれたことは創作の自信につながったことでしょう。
特に、母親が積極的に感想を述べてくれることが印象深いです。
このように幼い頃から文学を嗜む家庭環境から、香子の執筆に対する意欲が増したことは大きいですね。

また、『蜻蛉日記』との関係があります。
『蜻蛉日記』の作者は、藤原道綱(ふじわらの みちつな)の母です。
第二章「蔵人(くろうど)」では、香子の祖母から『蜻蛉日記』の作者が、香子の実母の父の藤原為信(ふじわらの ためのぶ)の兄である藤原為雅(ふじわらの ためまさ)の正妻の姉にあたる女性であることを再度言われます。
要は遠い親族が女流文学の先駆者で、日記文学の作者であったことは、香子にとって「書くこと」を意識した存在であったであろうと読者に知らしめています。

三点目は、死生観です。
香子は第一巻目から身内の死に遭遇しています。
生母、姉君の朝子(あさこ)、最初の結婚をした平維敏(たいらの ただとし)との死別があります。
自分を守ってくれ、愛してくれた人との別れは辛いものです。

「誠に人の世は、野分(のわけ)や雲、雨と同じで、人の手ではどうにも動かせない。その摂理(せつり)の下(もと)で、翻弄(ほんろう)され続けるのだ。」(同、230頁)
香子はこの世のはかなさ、無常観を体験し、やるせなさを感じたのではないでしょうか。

四点目は、帚木蓬生訳の『源氏物語』についてです。
まずは、素朴な疑問点をあげましょう。

何故に香子は『源氏物語』を執筆することになったのでしょうか。
香子は何の文学作品を手本にしたのでしょうか。
香子の執筆する過程を知りたいですね。

などの疑問点が読者には持つ方も多いかと思います。
これらについては、第十一章の「起筆」前後で読者は捉えていくことでしょう。
あなたが読まれてからのお楽しみに!(^^)/

帚木蓬生氏の訳の特徴として、気づいた点が二つあります。

一つ目は、主語が明確に書かれていることです。
凛は学生時代に『源氏物語』の長い一文の中で「主語を示しなさい」と設問に出てきたことを思い出しますねえ。
『源氏物語』は主語が省略されている文が多いため、主語が明確であると理解が深まりますね。

二つ目は、和歌の説明が本文中に簡潔にされていることです。
例えば、第十二章「雨夜の品定め」には、『源氏物語』第二帖の「帚木の訳が掲載されていますが、光源氏が小君に託した歌

「帚木(ははきぎ)の心を知らでその原の
   道にあやなくまどいぬるかな」(同、293頁)

の後に、あらかじめ歌の意味を現代語で説明した後で、
『古今和歌六帖』の、園原や伏屋(ふせや)に生(お)うる帚木の ありとてゆけどあわぬ君かな、を下敷きにし、」(同、同293頁)
と、女君が返歌するまでの経緯が丁寧に書いてあります。

このように和歌の一首ずつに説明書きが訳の本文中に書いてありますので、本文に解説書が合体したような感覚で読者は自然な形で読み進むことができるのです。
凛は和歌の嗜みがありませんので、これは大いに助かりますね。(^O^)

帚木蓬生氏については、凛のりんりんらいぶらり~で2020年7月14日付「日本の文字の始まりを知る」の項で『日御子(ひみこ)上・下巻』(講談社文庫、2014年)(ココ)に掲載していますので、こちらの項では割愛させていただきます。

最後に。
帚木蓬生氏の作品『香子(一)紫式部物語』は、紫式部の生涯を描いた物語と、『源氏物語』の現代語訳と、和歌の解説が合体した大長編小説を一度に読めるという楽しみ方ができます。
PHP研究所から、2023年12月26日発刊の第一巻から第五巻まで、毎月一巻ずつ発刊されるという一大プロジェクトです。
NHKの大河ドラマ『光る君へ』と並行して読むと、歴史文学としても理解が深まるというものでしょう。

『源氏物語』をまだ読まれていないあなた、どうしようかなと迷っているあなた、凛のように途中までのあなた、是非この機会にお気軽にトライしてみませんか。
会話文など現代の話し方と同じように表現されていますので肩こりしませんよ。

第十三章「越前の春」では、香子の弟の惟通(これみち)の名前の一字違いで、『源氏物語』光源氏の従者を惟光(これみつ)と設定した点について、香子の母君から指摘されたことが書いてあります。
「図星だった。書いていて、咄嗟に浮かんだ名前が惟光だった。」(同、354頁)
そうだったのかあと、あらためて紫式部の家族に対する温かい情愛が伝わってほのぼのとしました。
この後に展開する物語もきっと新しい発見があるだろうな、と期待感でいっぱいになった凛でした。

第二巻の刊行ももうすぐです。
大変楽しみにしています!
今年こそ『源氏物語』を読破します!\(^o^)/

今夜もあなたにおすすめの一冊でした。(^-^)

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PHP研究所-2023/12/13帚木蓬生(著)
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