2021年5月13日木曜日

百年前と変わらないようですね ~菊池 寛『マスク スペイン風邪をめぐる小説集』(文春文庫、2020年)~

こんばんは。
南城 凛(みじょう りん)です。
今宵も凛のりんりんらいぶらり~にようこそお越しくださり、ありがとうございます。
どうぞごゆっくりとおくつろぎくださいませ。(^-^)

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

最近、また新型コロナウィルスの感染者が増加傾向にあり、緊急事態宣言下での生活を送られていらっしゃる方も多いですね。
あなたの暮らしに変化はありますか。

凛が居住している地域にも緊急事態宣言が発令されました。
凛の一日の生活はこれまでとさほど変わりはありません。
外出する機会も減りましたし、自粛する状況に慣れてしまったような昨今です。

凛はインドア派ですので、部屋に山のように積まれている本たちと触れる機会だなと思ってはいるのですが、凛の読書のスピードには変化はありませんねえ。
本たちも「凛さ~ん、出番を待っていますよ~、読んでくださいねえ」と呼び掛けているのがわかります。
「あなたたちの気持ちはよ~くわかっていますよ。でも、もう少しだけ待っていてくださいねえ」と申し訳ない気持ちで本たちに応えている次第です。
「もう少しだけって、一体いつまで待っていればいいの?」と反論されそうですが。(^-^;

いつも利用している近所の書店だけでなく、どこの書店の店頭でも一時期文庫本の新刊コーナーで目立っていた文庫本がありました。
その文庫本の赤い表紙には、大きな男性の顔のアップで、緑色の帯には白いマスクをつけています。
かなり大胆なデザインで、他の文庫本の中でもひときわ目立ちました。

凛が今回ご紹介いたします文庫本は、菊池 寛(きくち かん)氏の短編小説集『マスク スペイン風邪をめぐる小説集』(文春文庫、2020年)です。
この文庫本は繁華街の老舗の書店にて購入いたしました。

まずは、表紙のビジュアルな面から気になって文庫本を手にしました。
帯の表表紙側には、菊池寛氏とみられる丸い眼鏡をかけた中高年の男性が白いマスクをつけています。
そのマスクには、「私も、新型ウィルスが怖い。」と書いてあります。
そして、「マスク」「うがい」「外出せず」の三原則が書かれています。
現在の新型コロナウィルス対策で注意されていることと同じですよね。

文庫本の帯を外すと、男性はマスクをしていません。
マスクを外した菊池寛氏にそっくりな男性がこちらを見ています。
面白い仕掛けだなと思いますね。(^o^)

表紙のイラストは、茂狩 恵(もがり けい)氏です。
茂狩氏のイラストは、以前に凛がご紹介しております、堀川アサコ氏の小説『ある晴れた日に、墓じまい』(角川文庫、2020年)でおなじみですね~
表紙のデザインは、木村弥世(きむら みよ)氏です。

文庫本の表紙をめくると、菊池 寛氏の白黒写真が3枚掲載されています。
特に2枚目の写真には驚きました!
菊池氏が黒いと思われるマスクを着用しています。
昭和14年1月、新聞連載のため、中国を訪問している51歳頃の写真です。

このマスク姿の菊池氏ご本人を見て、凛は大変衝撃を受けました!
現在の凛たちとどこが違うのでしょう。
中国の大地に佇んでいる黒いマスク姿の男性。
凛が生まれるずっと前のことなのに、まるで今、凛の目の前に菊池氏が現れているような錯覚に陥りました。

内容は、9編の短編が収録されています。
「マスク」
「神の如く弱し」
「簡単な死去」
「船医の立場」
「身投げ救助業」
「島原心中」
「忠直卿行状記」
「仇討禁止令」
「私の日常道徳」

スペイン風邪は約百年前に世界中に猛威をふるった恐ろしいウィルスです。
そのスペイン風邪禍にあり、菊池寛氏の描く日本の状況と市井の人たちの姿が描かれています。

「マスク」
凛は、やはり第一篇目に収められている文庫本のタイトルにもなっている「マスク」が気になって読みました。
菊池寛氏の体格の良さそうなどっしりとした風貌ですが、実はとても神経が細やかな方のようで、日々の健康増進に事細かく気を遣っている様子が伝わりました。
医者との会話や、患者としての考えが読者には客観的に見られて、思わず「そうなんです。凛も同じです!」と共感したくなる箇所もあります。

手洗い、うがい、外出を避ける、マスクをする。
これらは現在の私たちをめぐる状況と全く変わりませんよね。(^-^)

後半に、黒いマスク姿の青年が登場します。
当初は菊池氏はこの青年を不快に思いましたが、その理由は是非読まれてみてください。
あなたも菊池氏の感情描写が実に繊細であることがおわかりになることでしょう。

昨年、マスクは一時期は品不足になりましたね。
しかし、今では様々なデザインのマスクが市場に出ており、洋服とコーディネートを楽しんでいる方たちもいますね。
「見なれる」とは不思議なもので、女性が黒いマスクを着用していても何も気にならずになり、むしろかっこいいなと思うこの頃。
これは、マスク姿が日常化している時代を私たちが生きている証拠でしょうね。
文庫本で9頁の作品ですが、コロナ禍の時代を生きている私たちの状況と変わらない描写に驚かれることでしょう。

「簡単な死去」
こちらの作品も秀逸です。
年の瀬の押し迫る或る新聞社で、社員の一人が亡くなったことを知った主人公や仲間たちの複雑な心理状態が見事に描かれています。
主人公は、やれやれと忙しかった一年を振り返りながら、残りの仕事の整理をしつつ、正月休みはどうしようかと、いわば一年の区切りを迎える安堵感ともいえる状況下で、突然仲間の訃報を知ります。
そこで持ち上がるのが、お通夜や葬儀の係をどうするかについての問題です。
生前はあまり好意的でなかった故人に対する複雑な思いがよぎったり、時間の経過とともに目の前の実務に対する胸中は、現在、組織の一員に所属している読者だけでなく、多くの読者にも、百年前とほとんど変わらぬ思いで共感を得られるのではありますまいか。

現在のコロナ禍で、人と人との関わり方に対して意識改革を求められているように思えてなりません。
ソーシャル・ディスタンスとは、どこまで距離感を保てばよいのか、なかなか難しい問題だと思います。
入院中や施設に入っているご家族への面会もままならない状況の方も多いです。
葬儀も家族葬だけでなく、直葬も増えているようですね。
故人を偲ぶとは……。
作品のタイトルにはとても考えさせられます。

「島原心中」
小説家として新聞小説を構想している主人公が、元検事を務めていた旧友を訪ねて、旧友の語る検事時代の体験談をじっくりと聞きます。
その体験談とは、旧友がまだ検事になってさほどない頃に、初めて島原を訪れて、或る楼閣で起きた遊女と若い男性との心中事件の調査に立ち合った時のことです。
悲惨な現場で見た光景に旧友は「名状しがたい浅ましさ」(文庫版、101頁)を感じます。
事情があって遊郭に身を置かなければならなかった一人の女性の生涯について、旧友は様々なことを感じます。

また、命が救われた男性のほうには、検事の腕の見せ所として、いろいろと考察しながら質問をしてゆきます。
そして、遊郭の「お主婦(かみ)」(文庫版、120頁)の言動や行動に表れた態度に対して、旧友は或る行動をするのです。
小説の材料として提供してくれた旧友の体験談は、法治国家としての期待を込められているような思いがいたします。

「私の日常道徳」
文庫本でわずか4頁の箇条書きです。
大正15年1月、菊池寛氏が39歳のときの作品。
「なるほど~」と納得できそうです。(^-^)

文庫本の解説は、作家の辻仁成(つじ ひとなり)氏で、解説「百年の黙示」が掲載されています。
辻氏は、1997年、小説『海峡の光』(新潮社、1997年、のち新潮文庫、2000年)で、第116回芥川賞を受賞☆彡☆彡されています。
フランス在住の辻氏ならではのコロナ禍における考えが示されています。

文豪、菊池寛氏については、ご存知の方が大半でしょうから、簡単なご紹介だけにさせていただきますね。
1919年(大正8年)に、雑誌『中央公論』に小説「恩讐の彼方に」を発表しました。
1923年(大正12年)1月、雑誌『文藝春秋』を創刊し、のち1926年(大正15年、昭和元年)に文藝春秋社として独立しました。
同年、日本文藝家協会を設立し、初代会長となりました。
1935年(昭和10年)には、芥川龍之介賞や直木三十五賞を創設するほか、1938年(昭和13年)には菊池寛賞の創設もしました。☆彡☆彡☆彡

以上のように、近代日本文学に多大な貢献を果たした菊池寛氏の小説を久々に読んでみますと、凛は背筋がピンと張り、文学に対してまっすぐな気持ちに向き合えるような気持ちになりました。
作品によっては一見難しそうな時代小説も含まれていますが、ルビがふってありますし、文章も心理描写が中心で、読みやすいと思います。
登場人物の一人一人に、作者の菊池寛氏による非常に細かい愛情が注がれていることが読者は読みとれるでしょう。

「マスク」というタイトルと、マスク姿の菊池寛氏であろう男性の顔のアップの斬新なデザインの表紙に導かれて読んだ小説から、凛は百年前のスペイン風邪の状況を知ることができました。
ウィルスと人間との共存について、対策の原点は例えどんなに時代が進んでも清潔にすることで同じではないかという点に辿り着くように思います。
コロナ禍を生きている私たちへの菊池寛氏からのメッセージとして対峙するのも新たな発見があるのではないでしょうか。

個々人としての基本的な対策は百年前と変わらないようです。(^o^)
もちろん医学や薬学の発達により、素晴らしい治療薬ができることに期待したいですね。

今夜も凛からお勧めの一冊でした。(^-^)

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